雨の日の唄
□雨の日の唄91〜120
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雨の日の唄120
「なーんかさあ……」
「なんだべ?」
チチと二人っきりになって今日で二日。
今はリビングのソファーで寝転がって、明日、子供たちを迎えるための料理の下準備を終えたチチが正面のソファーで編み物をしている姿を何ともなしに眺める。
「なーんかなぁ……」
「だからなんだべ?」
今この胸を締めているこの感情をどう形容していいのか、というより、この言葉を口にするのが何ともこそばゆいというか少し恥かしいというか……。
「……うーん……」
「なんだべ、さっきから」
編み物をする手を止めて、チチはこちらを見てきた。
この顔は何だか怪訝な顔というか、でも少し困ったような顔というか。
「……なんつーかさぁ……」
「……」
チチは無言でこちらを見ている。
「……この家ってさ……」
「うん」
「……こんなに静かだっけ?」
やっと口に出来た一言。
チチは少し微笑んで、
「……んだ。静かだな」
静かにそう言った。
「悟空さ」
「ん?」
優しく微笑むチチに向き直る。
「寂しいんだべ?」
「……なんでだよ」
実のところ図星だった。先程子供たちのことを考えてしまったからだろうか。何だか急に寂しいという気持ちが芽生えてしまった。
いつもどこかしらで聞こえる子供たちの声が当たり前になりすぎていて、この家は本当はこんなに静かなのだと思い知らされる。
しかし、それをチチに気取られていたということが何となく気恥ずかしい。
チチも自分のそんな感情を理解しているのだろう。その笑顔のまま、言った。
「子供たちがいないと、こうも寂しくなるんだべなぁ……ほんの少し、離れただけなのに」
「……」
たった二日だ。たった二日子供たちに会っていないだけなのに、胸の奥にどうしようもない焦燥感が募る。
今まで7年も離れていたのに、あのときはいつか会えることを心の支えにしてやってきたし、自分のせいでこうなったのだと、どこか諦めにも似た気持ちでやっていた。
だけどこうして生き返って、家族で暮らすことが当たり前となった今、たった二日子供たちがいないだけでこんなにも寂しくなるなんて。
「家族の誰か欠けただけで、こんなにも寂しくなるんだべ」
「……うん」
今度は素直に声が出た。
「でも悟空さ。おら、こんな思い、7年間も味わってきただよ」
「う……」
それを言われるとどうにも堪える。
「ま、いいだよ。悟空さ、ちゃんとおらのところに帰って来てくれたんだもん」
「チチ……」
『待っていたぞ』。再会のあのとき、チチはそう言ってくれた。
7年も、奇跡を信じて、ずっと待っていてくれたんだろう。
それを思うと、今でも胸が締め付けられる。
そんなチチが、本当に大事なのだと改めて感じた。
「すまねえ……」
「済んだことだべな。でも悟空さ。子供たちはいつかこの家から旅立つときが来るんだべ」
考えたことはないわけではない。
かつて自分も、ブルマがここへやってきたときにここから連れ出して貰った。
いろんなところへ行って、世界の広さを実感した。
自分は井の中の蛙だと思い知らされるほどの衝撃。
いつか、子供たちもかつての自分のように旅立つときがやってくるのだろうか?
「悟飯なんかもう17だ。この家から出てってっちまう日も、そんなに遠くねえのかも知れねえべな……」
チチは微笑みながら、でも少し寂しそうな顔で呟いた。
チチと長男の時間は、実は自分とチチ、自分と長男との時間よりも随分と長い。
自分が宇宙に行ってしまっていたときも、あの世にいたときも、チチと長男はずっと肩寄せ合って生きてきた。
そのうち次男も生まれて、それまで以上にお互いに頼るべき存在となったのだろう。
そんな二人を少し羨ましく思うこともあると言えばある。
それはチチに対してなのか長男に対してなのかわからない。でもそれも全て家族を顧みなかった自分のせいなのだから仕方がない。
でも自分がいない間、お互いがお互いを思いやって生きてきたことだけは確かだから、それだけでいい。
「悟飯が出て行ったら……そうこうしてるうちに悟天も出てってちまうんだべなぁ……」
「そうだなぁ……」
少し寂しげに呟くチチの肩を抱く。
「そうなったらさ、ここに帰ってきたときと同じになんだな」
世界中を飛び回って、ついには天界で修行して、そしてチチと二人でここに戻ってきたあの頃。
一人で飛び出して二人で戻ってきた。
結婚してすぐに長男が出来たからそう長い期間ではなかったが、二人だけで暮らしていた。
「新婚の頃だべな。悟空さ、あの頃修行修行でしょっちゅう帰って来なかったから、結局おら一人っきりだべな」
意地悪く言うチチに、またもいつもの言葉が出る。
「すまねえって!! これからは気ぃ付けるからよ〜」
「どうだか」
そっぽを向くチチの肩を抱く力を強める。
「許してくれよ〜」
「知らねえ」
そう言っても怒っていないことくらいわかっている。
それでもお互いに言わずにはいられない。
それが二人の愛の言葉。
end