雨の日の唄
□雨の日の唄91〜120
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雨の日の唄94
「……悟飯君……何してるの……?」
「へ?」
ふいに名前を呼ばれ隣を見ると、ビーデルさんが呆れたような顔で見ていた。
「悟飯君……こんなトコに来てまで勉強?」
その声音もやっぱり呆れ気味で……。
「あ、は、はい。つい習慣で……」
しまった……今はキャンプ中だった。
ホント『つい』だ。どうにも習慣になっていて、学校の勉強以外でも参考書を開ける癖がついている。
遊んでるときくらい、やめないとなぁ……。
「……ホント、悟飯君って、勉強好きなのね?」
溜息混じりのビーデルさんの声に、苦笑いしてしまう。
でも、ビーデルさんには本当のことが言えそうな気がした。
「ええ。僕には目標がありますし」
僕の夢を……。
「目標? 何なの?」
小首を傾げてそう言うビーデルさんが……なんかかわいい……いやいや!! 僕は何をっ!?
とりあえず落ち着かないと……。一呼吸おいて口を開く。
「……笑いませんか?」
「笑わないわよ。何なの?」
「……実は……」
実は……自分の夢を語るなんて、ちょっと恥ずかしいけど……。
「僕、学者になりたいんです」
「学者?」
「ええ。子供の頃からの夢なんです」
今の悟天よりも小さかった頃からの……物心ついた頃からの僕の夢だった。
「僕小さい頃からお母さんに『偉い学者になれ』って言われてたんですけどね。そのうち自分の夢になったというか……」
お母さんにずっと言われてたっていう理由もある。でも……。
「お母さんにこんなに大きな辞典を買って貰ってね」
それにはいろんな生物のことが載っている図鑑だった。
「それでね、その辞書を持ってお父さんに山に連れて行って貰ったんです。たくさんの植物や動物や……パオズ山の大自然に触れて……辞典にも載っていないものがあったりね。でもお父さんが教えてくれて。亡くなったおじいちゃんが教えてくれたんだって」
「へえ〜」
お父さんはパオズ山のことなら何でも知っていた。パオズ山に住む生物のこと。自然に対する向き合い方。
世間一般のことは知らないことが多いお父さんだけど、パオズ山のことは何でも知っていた。
「それで、もっともっといろんなことが知りたい、そう思ったら、お母さんに言われるままじゃなくて自分の夢になっちゃって」
お母さんには勉強を教わった。
傍から見ればお母さんは僕に勉強を押し付けているように見えたかも知れない。
でもそうではない。お母さんの意志と共に僕の意志でもあった。
毎日毎日、勉強が済むと野山を駆け回り、そしてまたいろんなことを学んだ。物を知るということはまたひとつ大きくなったような気がして、すごく嬉しかった。
僕が問題をひとつ解ける毎に、お母さんは本当に嬉しそうな、優しい笑顔を浮かべて、僕の頭を撫でてくれた。
今、悟天がされているように、お母さんはよく僕の頭を撫でてくれたんだ。それが嬉しくて、僕は余計に勉強をしていたようにも思う。
悟天がお母さんに頭を撫でられている姿を見ると時々むず痒くなる。僕もあんな感じだったのかな?って思うと、ちょっと気恥ずかしい感じもして……。
それに悟天も昔の僕のようにお父さんの後を追いかけて、僕だけじゃ教えられなかったことをお父さんの教わっているようだ。
僕は今の悟天よりももっと小さくて泣き虫だったけど、お父さんが好きでいつも一緒に野山を駆け回ってたところは同じだと思う。
「……お母さんだけじゃなくて、お父さんの影響もあるんだ?」
「そうですね」
ビーデルさんにもそのことがわかって貰えて嬉しかった。
昔はお父さんの仲間には僕がお母さんに勉強を強要されていると思われていたみたいだから、そう言って貰えるのは本当に嬉しい。
僕が勉強が好きなことも、学者になりたいことも、お父さんとお母さん両方の影響なんだと。
「だから僕は大学に行きたいんです。学者になるためにもっともっと勉強して……絶対に学者になりたいから」
そうなんだ。学者になりたい。それはお母さんに言われたからとか、そんなことは関係なく、僕の意志なんだ。
そのためには僕はもっともっと勉強して、奨学金で大学へ行く。
ふと隣のビーデルさんに目を向ける。
するとビーデルさんは顔を両手で覆っていた。
「あれ? どうしたんですか? ビーデルさん」
「何でもないっ!! 何でもないのよっ!!」
おかしなビーデルさん。
でも、こんな風に僕の夢をビーデルさんには話せた。
ずっと誰かに『この夢は自分の意志で、強制じゃない』と聞いて貰いたかったのかも知れない。
……いや誰かじゃない。
きっと、ビーデルさんだから、なんだ。
end