雨の日の唄

□雨の日の唄121〜
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雨の日の唄124


『ブルマさんとお父さん、一緒になろうと思わなかったんですか?』

 何か言いたげだけど、しかし言いよどんでいる悟飯君が言いたかったことはそれなのだと察した。

 私がそれを口にすると悟飯君は図星だという風に目を瞠った。

 悟飯君はそんなことを気にしていたのか。

 確かに一番孫君との付き合いが長いのは私。

 孫君が亡くなったお祖父さん以外に会った初めての人間も、初めて会った女も私。

 だけどそれはただの事実でしかない。

 それでも悟飯君は年頃になってそのことを気にし始めた。それはきっと彼の中にも変化が訪れているということなのかも知れない。

 大人になりつつある彼に、私もきちんと話そう。

「そうね。あのチビの孫君があんなに大きくなって格好よくなって現れたときはさすがにちょっとはときめいたわね。チチさんと結婚したときも惜しいことしたかな?って思ったし」

 私は本音を口にした。そう思ったのは確かだった。

 すると悟飯君は表情を曇らせた。

 私はそんな彼の心中を察した。きっと彼は『本当は孫君と結婚したかった』と答えると思っているのだろう。

 そして、その言葉を私の口から出ることを危惧していることも。

「でもね、私にとって孫君は所詮弟のような存在なのよ。あの頃は私にはヤムチャもいたし」

 そうだ。いくら格好よくなったとは言え孫君は孫君だ。弟のような存在なのだ。
 確かに当時の私はまだ若くて、格好いい男を見ると、例えヤムチャという存在があったとしても目移りしていた。

 だけどそれは『イイ男』として捕らえているだけで、『愛している』かどうかとは違う。いわゆるファン心理というかミーハーと同じだ。

 それに当時はどんなに浮気者のヤムチャであっても、私は彼を心底愛していたのだ。

「それにね、あのハチャメチャな孫君よ?一緒に旅するだけで大変だったのに、ずっと一緒なんて考えられないわよ。そんなことが出来るのはチチさんくらいなものよ」

 孫君と一生を共にするなんて、到底無理だ。あのハチャメチャな生き方にはついていけるわけがない。私がすぐにキレることは目に見えていたし、孫君だって私をそんな風に見ていないことはわかる。

 でも再会したあの天下一武道会で、孫君がチチさんに抱きつかれて顔を赤らめていた。孫君のあんな反応を見るのは初めてだったから正直驚いた。

 そして思った。ひょっとして、孫君にこんな顔をさせられるのはチチさんだけなんじゃないのかと。

 きっと私が同じことをしたとしても、鬱陶しがるだけで顔を赤らめるなんてことなど決してしないだろう。

 そう思うだけで何だ腹が立つような気もしたが、孫君にそうさせたチチさんが凄いと思う気持ちの方が勝っていたように思う。

 男女の仲、いや、女というものが何たるかよくわかっていない野生児が結婚をするなんて奇跡と言っても過言ではなかった。

 そんな奇跡を起こしたのは誰でもない、チチさんなのだ。

「悟飯君も知ってると思うけど、チチさんって孫君が迎えに来るのをずっと待ってたくらいに健気で、すっかり忘れちゃってる孫君を迎えに来るくらい一途なの。そんなチチさんしか孫君と一生を共にするなんて出来っこないわ」

 そう。あんなに健気で一途なチチさんだからこそ、孫君を受け入れられる。孫君の全てを受け止められる。

 チチさんだからこそ、なのだ。

 しかし、この夫婦は他人が思う以上に夫婦仲はいいらしい。

 孫君の性質と子供が生まれてからは教育ママになってしまったチチさんの表向きの態度がそれをあまり匂わせないのだが、ふとした態度や言葉の端々にそれが窺えたりもした。

 まあ何と言っても計算上結婚してすぐに出来た悟飯君という子供の存在からもわかるのだが。

 でも悟飯君を見ているといかに両親に愛され、仲睦まじく暮らしてきたかわかった。それほどに悟飯君は純粋で素直だった。

 屈託なく、素直で純粋。そんな悟飯君がどんなに両親の愛情を受けて育ってきたのかわかる。

 そしてそんな両親も、お互いに思い合い、仲睦まじく暮らしてきたことも。

「それにね、あの孫君のことだから途中でチチさんに逃げられるかも知れないなんて思ったこともあったわ。それか一つのところに落ち着くことが出来ない孫君がどっか行っちゃうとか。でも孫君とチチさんが飛び立って再会するまでの5年間がどれだけ孫君にとって幸せな時間だったのか、あなたの存在が全てを語っていたわ」

 そう言うと悟飯君が目を瞠った後に細めた。それはきっと、当時の様子を思い出していたのだろうとわかる。

「安心した?」
「……はい!!」

 悟飯君の返事に思わず微笑む。

「……でもね、悟飯君。私は孫君に出会えて本当によかったって思ってるの。だって孫君に出会わなければベジータにも出会えてないのよ」
「ブルマさん……」
「最初は侵略者で、私たちのことを殺そうとしたし、偉そうだし王子さま気質だし、ほっといたら危ないヤツだし、でもね……」

 そう。どんなに危ないヤツでも、私にとっては。

「私にとっては、最愛の人なのよね」
「……ブルマさん……」

 出会いは最悪だったけれど、一生を共にするのはベジータだと、今は胸を張って言える。

「ねえ悟飯君……」
「はい……」

 最愛の人、というストレートな言葉に顔を少し赤らめて照れているような表情の悟飯君に、私は真顔で言った。

「本当に欲しい大事なものってね、怖がって躊躇してると手に入らないものなのよ。あなたのお母さんだって、真っ直ぐにあなたのお父さんにぶつかっていったの」

 私もそう。欲しいと思った。ベジータのあの寂しそうな背中が。すごく逞しくて広いのに、まるで迷子のようなあの背中が。

 寂しそうだったから、なんて言い訳。本当はあの背中を抱き締めたかった。

 だから飛び込んでいったのだ。拒絶させることを恐れず、ただ真っ直ぐに。

「怖がっちゃダメよ。あなたはあの孫君の息子であると同時にチチさんの息子でもあるの。何事も恐れず、真っ直ぐにぶつかっていけるチチさんの子なのよ」

 その瞬間、悟飯君は顔を更に赤らめて目を瞠った。私の言いたかったことが彼にはちゃんと伝わったようだ。

 悟飯君は顔を赤くしたまま少し俯いたが、すぐに顔を上げた。

 それはまるで戦いに行く前のような、決意に満ちた瞳。

 そして、

「はい」

 彼は力強く頷いた。


 end
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