雨の日の唄

□雨の日の唄121〜
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雨の日の唄127


 まだ雨はしとしとと降り続いている。

 窓の外から聞こえるその雨音はまるでチチの鼓動だ。

 抱き締め、直接耳に当てる。

 トクントクンと響くその音は、自分の心に平穏と安らぎをもたらしてくれる。

 自分がここにいる、この世にいるということを感じさせてくれる。


 初めてチチを抱き締めたときのチチの鼓動は今よりも随分と早いものだった。

 それはきっと自分も同じで、いや、それ以上にドキドキしていた。

 それまで筋斗雲の上でチチを背中に感じていたこともあったのに、そのときは心の奥がほんわかあたたかいものが湧き上がるような感じで、何だか不思議な感覚だった。

 だけどそのうちチチの近くにいると居心地が悪くて落ち着かないのに、離れると何かが物足りなくて寂しいと思うようになって。

 それが、自分のチチへの思いが、他の仲間への思いとは違うのだと自覚した。

 初めてチチを抱いたとき、お互いの鼓動が滑稽なほどに早くて、だけど、直に響くその音が何だか安心できるもので。

 こうしてチチの鼓動を聞くことが好きになった。


「なんだべ悟空さ。今日は随分と甘えただべな?」

 ベッドに横になり、ただチチを抱き締め胸に耳を当てる。

「……まあ、たまにはいいじゃねえか」
「いいけんど、子供の前ではやめてけれよ」

 フウ、とチチは小さく溜息を吐いた。

「ホントはさあ、こうしてるとこ見せ付けてさ、母ちゃんは父ちゃんのモンなんだぞって言いたいんだけどなあ」
「何言ってんだべっ!?」

 コツンと頭を叩かれた。

「いってえなあ」
「痛くも痒くもねえくせに」

 チチはそう言って頬を膨らませる。
 こういうところは昔とちっとも変わっていない。

「いてえんだって。ホント不思議なんだけどさ、オラよっぽどじゃねえ限り痛くねえけどオメエに叩かれるといてえんだよ」
「おめえのよっぽどは注射だべ?」
「や、やめてくれよっ!! 注射の話だけでも痛くなってくっぞ!!」

 あの針で刺される感覚。ベジータとやり合って入院したとき、あれをされたときは今度こそ死ぬと思うほどの恐怖だった。

 どんなに殴られても技を入れられても、受けてやる!! という気持ちになるのに、あれだけは絶対に嫌だ。

「ホント、悟空さは注射が嫌いだべなあ」
 チチはそう言って笑った。

「仕方がねえじゃねえか……」

 気恥ずかしさと注射の痛みを思い出してしまったことで、更にチチを抱き締める力を強める。

 しかしながらあの痛みは形容しがたい。
 チクリと針が皮膚に刺さる感覚。あれは本当に痛い。

 自分に弱点というものがあれば注射とチチのお小言だ。

 しかし、チチのお小言は『ずっと聞いている分には』、という条件付きかも知れない。

 たまに聞くと何だか安心するのも否めないからだ。

 何年も家を空けて帰ってきたとき、久しぶりに聞いたチチのお小言は耳が痛くなると同時にチチの傍にいる、チチがここで生きている、そう思えて思わず口角が上がった。
 そしてまた『何ニヤケてるんだ!?』と怒らせたわけだが……。

「でもまぁ、悟空さみてえな宇宙規模の筋肉バカでも、ちゃあんと弱点があるんだもんな」

 チチはそう言って更に笑った。

「ひっでえ言い方だなあ」

 その弱点のうちの一つが自分だってことを知らないのだろう。

 お小言もだけど、チチの料理が食えないことも、チチが危険に晒されることも、チチがここからいなくなってしまうことも、全部自分にとっては辛いことなのだ。

 自分はきっと欲張りになったのだ。

 チチと結婚して大事なものが随分増えた。

 祖父が死んで独りきりになって、ブルマが来てここを飛び出して、仲間が出来て世界を知った。
 仲間を失うことは身を引き裂かれる思いで。
 そうして大事だと思えることがたくさん増えた。

 だけど自分は本当の意味で独りきりの存在なんだと、どこか冷めた自分もいて。

 あのとき、あの天下一武道会でチチと結婚して、そのうち悟飯が生まれて。

 失くしたくない。本気で思った。

 強くなりたいと思うと同時に守りたいものが増えて、失くしたくないものが増えて。自分はもう独りなんかじゃないと思えて。
 そしてどんどん欲張りになっていった。

 そんなことを考えていたからだろうか。ふいに不安になり、チチを抱き締める力を強める。
 
「まぁた甘えん坊だか?仕方がねえ旦那さまだべなぁ」

 そう優しく言うチチの声が頭の上で優しく響く。

「……どこへも……行くなよ……」

 一瞬チチがどこかへ行ってしまったら?などというくだらない考えが過ぎり、不安になってそう呟くと、チチが優しく髪を撫でてきた。

「悟空さが離してくんねえからな。行きたくてもどこにも行けやしねえだよ」

 微笑みながら。その手は限りなく優しく。

「……行くんじゃ……ねえぞ……」

 何だが意識が遠退く。

 チチの優しい手が、声が、鼓動が、自分を心地いい眠りへと誘う。

 チチがここにいるという安心感とチチの優しい気に包まれて、深い眠りに落ちていった。


 end
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