過去拍手SS

□弟
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「ねえ兄ちゃん、お父さんのことなんだけどね……」

 天下一武道会に出る為の修行の休憩中、弟が唐突に聞いてきた。

「お父さんかい?」
「うん。ぼく、お父さんのことあんまり知らないし……」

 少し俯き加減で遠慮がちに、弟は口を開く。

 弟には生まれた時から父親がいない。

 父は弟が生まれる前に死んだ。

―この地球を守る為、その身を犠牲にした。

 ……でも、僕が調子に乗らなければこんな事にならなかったのかも知れない……。

「……兄ちゃん……?」

 急に黙った僕に不安を感じたのだろうか。弟が僕を見上げてきた。

「何でもないよ」

 僕は笑顔を取り繕った。
 
 僕も母も弟には父の事を詳しく話していない。

 弟から父を奪ったのが僕みたいなものだから、それを告げた時、弟がどう思うか考えると怖くて言えなかった。

『お父さんは地球を守ったんでしょ? 兄ちゃんの事もお母さんの事も守ってくれたんでしょ? すごいねえ、お父さん!!』

 昔、父が死んだ原因を聞かれた時、弟はそう言った。

 弟の無邪気な顔が僕の胸を締め付けた。

「……お父さんはね、地球を守る為に死んで……」
「兄ちゃん、そんな事よりお父さんがどんな人だったか知りたいんだ。もうすぐお父さんに会えるでしょ? 会う前に何が好きだとか、どんなことが好きだとか知っておきたいんだ!!」

 太陽のような笑顔で言う。

「お父さん、ぼくのこと知ってるかなぁ? 一緒にお風呂に入ってくれるかなぁ? 一緒に寝てくれるかなぁ? いっぱい遊んでくれるかなぁ?」

 父そっくりな笑顔。

「それでね、ぼくお父さんに言いたいことがあるんだ!!」
「……なんだい……?」

「兄ちゃんとお母さんを守ってくれてありがとうって。ぼくに兄ちゃんとお母さんを残してくれてありがとうって。お父さんがいなくて寂しいけど、兄ちゃんとお母さんがいるから大丈夫だよって」

 満面の笑みでそう言う弟。

「……悟天……」
 
 僕は弟の言葉に救われた気がした。

 弟から父を奪ったのは自分だと、この7年間、心の奥で罪の意識に苛まれていた気がする。

 でも、この父そっくりな弟の言葉は僕の罪を洗い流してくれた。

「……そうだね。……お父さんはね……」

 今度こそたくさん教えてあげよう。

 僕たちのお父さんは君にそっくりで、君と同じく優しい人だった事を−。


 end

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