過去拍手SS
□ずっと一緒に…(七夕2010ver.)
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笹に短冊付けて。
この願いを乗せて。
「悟天。何書いたんだ?」
「ん? ないしょ。もう、兄ちゃん見ないでよっ!!」
短冊にペンを走らせているところ、悟飯が上から覗き込もうとするのを身体で隠す。
「別にいいじゃないか? 減るもんじゃないし」
「ヤダったらヤダってばっ!!」
「ハハハ、わかったわかった」
悟飯は笑いながら悟天の傍を離れようとすると、今度は悟天が声をかけてきた。
「じゃあ兄ちゃんは何て書いたの?」
「兄ちゃんかい?」
「うん」
「教えない」
悟飯は意地悪くそう言うと、
「兄ちゃんは『ビーデルともっと仲良くなれますように』って書いたんじゃねえのか?」
と、どこからともなく父親の悟空の声が降ってきた。
「ちちちちち、違いますよっ!!」
間髪入れずに叫ぶ悟飯に、
「なんだ。ビーデルおねえちゃんともっと仲良くなりたいんだ」
納得顔の悟天。
「だから違うって!!」
悟天の言葉に悟飯は真っ赤になって叫んだ。
ギャアギャアと騒ぐ息子二人の姿を、悟空は眩しそうに眺める。
ちょうど2ヶ月前生き返って、久しぶりに迎える七夕。
初めてその儀式というか慣わしというか、短冊に願い事を書いて笹に付けるということをしたのはチチと結婚したその年。
いろんな色の短冊に願い事を書く。
『う〜ん、何がいっかなぁ?』
『悟空さの願い事ってなんだべ? どうせ『もっと強くなりてえ』だべ?』
呆れながらもきれいに笑うチチに、胸の奥がほんわか温かくなるのを覚えた新婚のあの頃。
チチへの恋心も芽生え始め、戸惑いながらのチチとの生活の中で、ひとつふたつといろんな知識や慣わしを身に付けていった。
『そっだなあ、やっぱオラはそれだな。オメエは何なんだ?』
『おら? 内緒』
そう言って台を持ってくると一番てっぺんに短冊を括り付けた。
『オラが付けてやんのに』
『ダメ。悟空さ読んじゃうべ?』
何だよ……ちょっと寂しく感じて心中でそう呟く。
その晩、チチが風呂に入っている間、こっそりとてっぺんの短冊に書かれている文字を読んだ。
『早く悟空さの本当のお嫁になれますように。』
悟空にはその意味が全くわからなかった。チチは自分の嫁なのに、どうしてこんなことを書くのだろうと。
しかし、その理由を聞くわけにもいかない。読むなと言われたのに勝手に読んだのだから。
でもそれだけではない。何となく、その理由を聞いてはいけない。自分でその答えを導き出さないといけない。そう思った。
そしてそれからしばらくして、その意味がわかった。
あれから20年近くなる。
いないことの方が多かった。
悟飯も、そして死んでいた間に生まれていた悟天にも、本当にすまないことをしたと、悟空は心底思っていた。
それでも、この息子たちは自分には勿体無いくらい真っ直ぐに、素直に育っていて、自分がいない間、どんなにチチが愛情を込めて育ててきたかを今更のように思い知らされる。
「ほらおめえたち、そろそろ寝る時間だべ」
笹を前にしてまだ騒いでいる息子たちに、チチは声をかけた。
「短冊くくっちゃうから、ちょっと待って!!」
悟天はそう言うと飛び上がり、笹のてっぺんに短冊を括り付けた。
「見ちゃダメだからね!! ぜったいに見ないでね!!」
「はいはい」
チチがそう返事すると、悟天は降りてきて「おやすみなさ〜い!!」と駆けるように出て行った。。
「さて。僕も付けよっと」
悟飯は自分の目の高さくらいのところに短冊を付けた。
「オメエのも見ちゃいけねえのか?」
「え? い、いや……別にいいですよ」
何となくその顔は赤らんでいて。
「見てもいいですけど、僕がいないときにして下さいね」
ちょっと焦ったように悟飯は言い、「おやすみなさい」と言って悟天のいる子供部屋へと戻って行った。
そしてそこには悟空とチチだけが残された。
「見るだか? おらが見るなって言ったときみてえに」
「何だよっ!? オメエ知ってたんか?」
意地悪く、チチはあの新婚のときのことを持ち出す。
「おらがお風呂入ってる間、見るか見ねえかずっと悩んでたべ? 見ようと思って実行した頃には随分時間が経ってたって、おめえ今の今まで気付かなかったろ? おらが廊下で見てたって気付かねえくれえだべ」
ケラケラと笑いながら真実を伝えるチチに、悟空は負けたとばかりに脱力する。
チチには勝てない。そんなこと、結婚した頃からわかっている。
「……まあ、おらも気になるし?」
チチは苦笑して言った。
「見てもいいんか?」
「いいべ……悟飯も悟天もおらも、きっと同じ願いだから……」
「え?」
チチは短冊を手にして、ペンを走らせた。
そして悟飯の短冊の隣に括り付けた。
悟空はその短冊に目を移す。
その短冊にはチチのきれいな字でこう書かれていた。
『いつまでも家族一緒に暮らせますように』
夫と、息子と、離れることの多かった妻の嘆き。
やっと本当に手にした、真実の幸せ。それがずっと、永遠に続きますように。そんな願いが込められていた。
そして、その隣の短冊にも目をやる。
『家族がもう離れ離れになりませんように』
何度となく、親から生き別れたり死に別れたり、平気だと笑っても心の奥深くで悲しんできた長男の叫び。
自分が弟から父親を奪ったのだと、いつも心の片隅に止め、懺悔の念でいっぱいだった。
しかし母と同じく、父が生き返ってやっと手に入れた家族の幸せ。
その思いが今更のように悟空の心に突き刺さる。
そしててっぺんの短冊にも目をやった。
その短冊にはみみずののたくったような幼い子供の字でこう書かれていた。
『おとうさんがぼくとおかあさんと兄ちゃんと、ずっとずっといっしょにいてくれますように』
7年目にして触れ合った次男の想い。
ずっと寂しい思いをさせてきた。
すまねえ。
その言葉を何回言ってもきっと足りない。
失った時間は取り戻せないけど、それからはずっとずっと共にあればいい。
悟空は短冊を取り、何やら書き始めた。
そして悟天の短冊の隣に括り付けた。
『いつまでも家族と生きていけますように』
生きて戻ると言った約束も、何もかも反故にしてしまった。
その分、これからはずっとずっと一緒に……。
悟空の短冊を見チチは微笑む。
悟空はその柔らかな笑顔を見てチチと一緒に微笑んだ。
『あの世ででもいいから、悟空さに会いたい』
悟空が死んでから去年まで、ずっとそう書かれてきたチチの短冊。
やっと叶い、今すぐ隣にいる。
今の願いはいつまで続くかわからない。
でも、出来る限り永遠に、その願いが続けばいい。
いつの日か、訪れるだろう別れの日まで。
ずっとずっと一緒に―。
end