過去拍手SS
□Mother's Day(孫家)
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「あの……おばさん」
今日は日曜日。パオズ山の孫家に遊びに来ていたビーデルは、お茶の用意をしているチチに声をかけた。
「ん?どうしただ?ビーデルさ」
チチはケーキを切り分けながら返事した。
「あの……この間、刺繍教えて貰ったじゃないですか?」
何だか恥かしそうにモジモジと少し顔を赤らめて、俯き加減で言う。
「そうだったべな。どうだか?上手く出来るようになっただか?」
微笑みながら言ってやると、ビーデルは俯いていた顔を上げた。
「それでっ、あのっ、自分で作ってみたんですけどっ」
そう言ってビーデルがチチに何かを差し出した。
それはピンクの包装紙でラッピングを施されたもの。
「おばさんに貰って欲しくてっ」
チチはそれを受け取り、その包みを解いた。
「これ……」
そこには花が刺繍してあるハンカチ。
「ビーデルさが作っただか?」
「ええ」
絆創膏の巻かれた指を隠しながら、ビーデルははにかんだ。
「とてもキレイに出来てるだよ。本当に上手になって……」
チチは嬉しそうに微笑んだ。
娘が欲しかったチチは悟飯の彼女であるビーデルのことがとても気に入っている。
武術をやっているところとか昔の自分に酷似しているところもあって、どこかしら本当の娘のようにも思っている。
ビーデルに料理やら裁縫やら請われるままに教え、その時間がとてもかけがえのないものだとも感じている。
いつの日か、悟飯と結婚して本当の娘になってくれれば……とも思っている。
「一番最初に作ったものはやっぱりおばさんに貰って欲しくて……」
顔を真っ赤にしながらビーデルは言った。
きっと何度も指を刺したのだろう。それでも最後まで頑張って作り終えたのだろう。
「……嬉しいだよ……でもこんな大切なもの、本当におらが貰っていいんだべか……」
「おばさんに貰って欲しいんです!!」
申し訳なさそうなチチにビーデルは恥ずかしそうに言った。
「私、おばさんのこと、本当のお母さんのように思ってて……だから母の日に……迷惑かも知れないですけど……」
母親のいないビーデルにとって、チチは母親のような存在だった。
それは恋人の母親というだけでない。チチ本人に対して思っていること。
だから今年の母の日には自分で作ったものをプレゼントしたかった。
今まで経験したことのない母の日に、母に対する感謝の気持ちを、チチに対して示したいと思った。
チチも同じように母がいない。そんな境遇もよく似ていたし、気持ちもわかった。だから余計にビーデルのことを可愛く思っていた。
「迷惑なんかでねえよ。おら、本当に嬉しいだよ。このハンカチも、ビーデルさがそんな風に思ってくれてることも」
チチはハンカチを胸のところで抱き締め微笑んだ。
「ありがとうビーデルさ。おら、大切にするだよ」
「おばさん……」
そんな本当の母娘のような二人のやり取りを見ている本当の父子が一組、台所の入口の陰にいた。
「ホントの親子みてえだなぁ〜」
「ですね」
悟飯は感慨深げに呟いた。
「なあ悟飯。早くホントのうちの娘にしちまえよ」
「なっ、何言ってんですかっ!?」
突然の悟空の発言に悟飯は大袈裟に驚いた。元より本人にとっては大袈裟でも何でもないのだが。
「それが一番の母の日のプレゼントってヤツだぞ」
「何でそうなるんですかっ!?」
悟空は時々突拍子もないことを口にする。その度に悟飯は振り回されているような気がする。
「いつも母さん言ってっぞ。ビーデルが早く本当の娘になったらいいのになぁ〜って」
「二人して何の話してるんですかっ!?」
この父はともかくとして、あの常識人の母でさえそんなことを言っているのか。
確かに母はビーデルのことを本当に可愛がってはいるが、そこまで話が飛躍しているとは。
悟飯とていずれはそうなりたいとは思うのだが、何分まだ学生の身。『まいっか』で結婚した両親とは違ってちゃんとしたプロセスは踏みたい。
そんな息子の心情もお構いなしの両親に、もう嘆息で返すしかない。
「オラもさあ、早くオメエたちの子供見てえんだよ。だってよ、サタンも武道家だし、『武道家のさらぶれっど』ってのが生まれんだろ?オラ早く一緒に修行してえしさぁ」
「……」
何だかウキウキとした気を父から感じた。
結局お父さんはそれなんだ……。
それにきっとここに弟も加わっていたら、それこそ大騒ぎになるだろうことは容易に想像できる。
『やったー!! おねえちゃん、ホントのおねえちゃんになるんだーっ!!』
『お、悟天も嬉しいかあ』
『悟飯も早くプロポーズするだよ』
『ねえねえ兄ちゃん、いつ赤ちゃん生まれるの?』
なんて会話が聞こえてきそうだ。
ま、確実にこんな会話が交わされるだろうな……と、悟飯は今日何度目かの溜息を吐いた。
パオズ山の日曜の昼下がり。
悟飯の心情以外は平和そのものだった。
end