リクエスト・捧げもの

□愛しい声
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「悟空さ」

 結婚したばかりの頃、チチにそう呼ばれると少しむず痒かった。

 始めて出会った幼い頃より大人びたかな?と思うが、基本的に鈴の音のような声は変わっていない。

 大人になっていく度に、少しずつ低くなっていく自分の声と違って、女ってのはあんまり変わんねえんだなって思った。


 そのうちチチに名前を呼ばれるだけでドキドキするようになった。

 その声を聞くと、どうしようもない衝動に駆られてしまいそうな自分を押し込めるのに苦労した。


 それからしばらくして、チチの声に安心できる自分がいる事に気付いた。

 チチの声を聞いていると、チチに名前を呼ばれると、自分はここにいて、ここでチチと一緒に生きているんだって実感できた。


 悟飯が生まれると、自分の名前を呼ばれる事が少し少なくなったように思えて、何だか寂しくなった。
 
 それでも、チチの自分の呼ぶ声には翳りは無かった。甘く、時には怒り、そして泣いて、それでも自分を呼ぶ声には昔と何の変わりもなかった。


 そしてあの夜、自分の胸で泣きながら自分の名前を呼ぶチチの声が、あまりにも切なかった。

 この声を、この妻を、置いて逝かねばならないかも知れない、胸の潰れそうな思いに、自分の頬にも涙が伝った。


 でも今、またこうしてこの声を聞く事が出来る。

 長い年月をかけて、今再び、この声と共に生きる事が出来る。


「悟空さ」


 自分を呼ぶその声は、昔と一切変わっていない。

 だけど、その声に愛しさが溢れる。
 

「悟空さ」


 何度でも呼んで欲しい。

 その愛しい声で、自分の名を―。


 end

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