リクエスト・捧げもの

□It only calls in the voice.−その声で呼んでくれるだけで−
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「孫君」
「ヘッ!?」

 聞きなれた声に、聞きなれた呼ばれ方。だけどもの凄く違和感がある。
 
 悟空は驚き、大袈裟に振り返る。

 そこには妻のチチが何食わぬ顔で立っていた。

「……オ、オメエ……どうしたんだ?」
「別に。呼んでみただけ」

 チチはそう答えると、くるりと身を翻し、台所へと消えて行った。

「な、何なんだ……?」

 滅多に心底驚くというのない悟空においても、今のはさすがに驚いた。

 チチがブルマが悟空を呼ぶときに使う『孫君』と言ったからだ。

 結婚して20年近くになるが、チチが悟空に対してこんな呼び方をしたことは一度もない。

 いつもとは違う呼ばれ方。途端悟空の心臓は大きく跳ねた。

 ブルマから呼ばれる分には何とも思わないのに、ひとたびチチからそう呼ばれるとこんなにドキドキするのは何故だろう?

 台所へと赴き、チチの様子を窺う。

 いつも通りに鼻歌を歌いながら調理するチチの姿。

 自分はこんなにもドキドキしているのに、どうしてチチはこんなにも普通なのだろう?

 悟空はその姿を眺める。そして思った。

(余裕か?)

 その様子には昔には感じられなかった余裕すら感じる。

 結婚している時間の長さがそうさせるのか?

 昔はそれこそチチの方が悟空のことを好きなのだと思っていた。

 そこから始まっているのだから、悟空自身もそう思って自惚れていたようにも思う。

 いつもいつもやることに文句を言われ、働かないと怒られていたが、好き放題してきた裏側には『どうせオラのこと好きなくせに』と、チチの想いの上に胡坐をかいていた部分もなくはない。
 
 本当のところはチチが意外にも寛容だったことと、諦めにも似た心境だったから成り立っていただけなのだが……。

 しかし悟空が生き返ってからのチチは余裕というのだろうか、そういう雰囲気すら感じる。

 一つ顕著に感じるところは昔のようにヒステリックに怒らなくなったところだろうか。子供たちの手前そうしているのだろうかと思ったのだがそうでもないらしい。

 嫉妬めいたことも何ひとつ言わなくなった。それが悟空には少し寂しくもあったりするのだが……。

 それに悟空は最近気付いたのだが、昔は悟空の方が余裕があったように思えたのだが、最近では悟空の方がチチの前ではあまり余裕がない。

 チチの態度に一喜一憂し、チチの笑顔を見れば昔あった尻尾が今もあったら、それは激しく振れているのだろうと、自分でもおかしくなるほどに嬉しくなる。

 とにかく今は自分の方がチチのことを好きなのかも知れない……そう思うことも少なからずあった。

 それに何となくチチに振り回されているような気もして…。

 今もそうだ。いつもと違う、ブルマと同じ呼び方をし、自分を振り回している。

 新婚の頃など、ブルマの話が出る度に『悟空さはやっぱりブルマさのことが好きなんだべ!!』と言い出す始末。
 その度に『そんなことあるワケねえだろ?』と言ってその場を収めようとしたものだが、何分悟空は口下手で言葉足らず。チチの望む言葉は言ってやれずに更に怒らせるといった悪循環もあったりなかったり……。

 今となってはチチもブルマもお互いいい友人関係を築いているので、新婚の頃のようなわけのわからない嫉妬をするということなどもなくなったのだが……。

 しかし、このブルマのような呼び方は何なのだ?

 やはりそうして自分を振り回して楽しんでいるのではないだろうか?
 
 悟空は思い切ってチチに聞いてみることにした。

「チチ……オメエ何でそんなブルマみてえな呼び方すんだ?」
「別に。たまにはいいかなって思っただけだべ?」

 振り向き、キョトンとした顔でのたまうチチに、悟空は少し困惑する。

「……別にってオメエ……」
「嫌だべか?」
「嫌じゃねえけど……」

 嫌ではない。嫌ではないのだが、何故か妙にこそばゆいというか……。

 正直なところ、チチが更にかわいく見えた。

 やっぱりそう思わせて自分のことを振り回しているんだ。そう思うと居心地が悪いような、照れるような…。

 言い辛そうに途切れ途切れに話す悟空に、チチはプッと吹き出した。

「な、なんだよっ!? 何笑ってんだよっ!?」
 顔をほのかに赤らめた悟空は誤魔化すように言った。

「フフッ、悪かっただよ。ただブルマさの呼び方してみたくなっただけだべ」

 笑いながらそう言うチチに、今度は悟空がキョトンとした。

「何でだよ? 別にブルマの呼び方なんて……」
「まぁ、悟空さにはわかんねえべ」

 そう言って家事を再開させたチチに詰め寄る。

「何でオラにはわかんねえんだ?」
 
 どうしてもその理由が知りたい。

「珍しく拘るだな?」
「だってよ……」

 チチは苦笑しながら、再び振り返る。


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