リクエスト・捧げもの
□It only calls in the voice.−その声で呼んでくれるだけで−
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「おらが知ってる限り、『孫君』って呼び方はブルマさだけだべ?」
「ああ、そうだな」
それがどうかしたのだろうか? 悟空は首を傾げた。
「何かな、特別って感じがして、ちょっと羨ましかったんだべ」
そう言うチチの顔は少しだけ悲しげに見えた。
「そんなの……」
悟空は戸惑った。そんなこと、どうして羨ましいというのか? たかだか呼び方の問題なのに……。
そう言いたげな悟空の顔に気付いたチチは更に苦笑した。
「だから悟空さにはわかんねえって言ったんだべ」
そしてまた悟空に背中を向けた。
多分、悟空にはわからないだろう。たかが呼び方と思うだろうけれど、それでも何となく特別な感じがして羨ましいと思った。
だから一度、そう呼んでみたかった。そして先程、思いつくまま言ってみたのだった。
悟空が死ぬ前もそう思ったことはあった。
ブルマだけの呼び方が羨ましかった。
嫉妬心があってもプライドもあって、どうしてもそれを口には出来なかった。
でも今は昔のような嫉妬ではない。ただ何となく、少しいたずら気分も手伝って言ってみただけだった。
悟空が死んで、言う機会が無くなったけれど、こうして生き返ってくれた。戻ってきてくれた。
今なら素直に口に出来そうな気がした。
昔のような、深い意味も感情も一切ないのだ。
「……そんなこと……」
悟空が何か呟いた気がして、チチは振り向く。
「そんなこと、全然関係ねえじゃねえか。いくらブルマがブルマしか呼ばねえ呼び方でも、それはオラには特別でも何でもねえ」
「悟空さ?」
悟空のその顔は真剣だった。チチは少しいたずら気分で言ってみただけなのに。
「チチがオラのこと呼んでくれるんだったら何だっていいんだ。呼び方なんて関係ねえ」
「悟空さ……」
チチがその口で、その声で、自分を呼んでくれるならなんだっていい。呼び方なんてどうでもいい。
生き返って何が嬉しいかというと、家族と共に生きていけることと同時に、チチが自分を呼んでくれるその声を聞けるということだった。
あちらにいるときは想像でしかその声を聞くことが出来なかったのに、今は直接耳に入ってくるのだから。
この間生き返って、その声を聞けるということがこんなに大事なことだったのだと実感させられた。
「……なら、放蕩亭主でも修行バカでもいいんだか?」
チチは笑いながら言った。
「……良くはねえけど……いい」
少し渋い顔をしてそう言う悟空に、チチは更にクスクスと笑う。
「ワケわかんねえべ。悟空さは」
悟空さ。
いつもそう呼んでくれるその声が、その存在が大切なのだ。
そうであっても、たまに違う呼ばれ方は何とも不思議な感じではあっても悪い気はしないのも本音。
「でもさ、違う呼ばれ方って何かドキドキすんな? チチが『孫君』って呼ぶと何かすっげえドキドキした」
「そうだか? 孫君」
そう言ってチチは笑った。
その言い方が妙にかわいく感じる。
(やっぱチチが言うとかわいいなぁ……)
そこは愛情の差だということに悟空が気付くはずもなく。
やはり新婚の頃のような胸の高鳴りを覚えつつ、そう呼ばれたことによって衝動的に何かをしてしまいそうな自分を抑える。
「でもな、悟空さ。おらやっぱり『悟空さ』って言う方がいいだよ」
そうニッコリと笑って言うチチも妙にかわいくて。
(そっか……オラもそうかも……)
「やっぱオラも、オメエには『悟空さ』って呼んで貰いてえ」
チチが悟空を呼ぶときの『悟空さ』には愛情がたっぷりと含まれている。
それを悟空も無意識に感じている。
「だな。悟空さ」
「ヘヘッ、やっぱチチはこれだな」
悟空はチチの炊事で少し冷たくなった手を取り握り、微笑む。
チチはそんな悟空に極上の笑顔を見せた。
お互いにお互いの名前を呼び合う。そしてお互いがお互いを確認しあう。
それだけで幸せなのだ。
隣にいてくれるだけで。
その声で呼んでくれるだけで。
呼び方なんて関係ない。
その存在こそ、全てなのだ―。
end
→あとがき