リクエスト・捧げもの

□GratitudeU -パン誕生後-
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「……ありがとう」

 自然とその言葉がこぼれた。

 ぐったりと横たわる妻の額に張り付いた髪を掃ってやると、妻はニッコリと微笑み、

「……こんなの、どうって事ないわ」

 そう言った。

 その言葉に妻の強気な性格が健在な事に嬉しくなる。

 随分疲れきっているのに。

 身体の負担もかなりのものだろうに。

 なのに妻は、

「あなたの方が参ってるんじゃないかって、心配したわよ」

 そんな言葉を口にして笑った。

「そ、そんな事ないよ」

 嘘だ。心配で心配で卒倒しそうになった。


 時折聞こえる妻のうなり声。心配しすぎてウロウロする僕に母は、

「女の身体はそんなにヤワに出来ちゃいねえだよ」

 そう言って苦笑し、

「オメエが生まれる時はオラも修行どころじゃなかったな」

 と父が言い、「当たり前だべ!! こんな時にまで修行に行くバカがどこにいるだっ」と母に殴られていた。

 その姿を見ると少し心が落ち着くようだったから不思議だ。



 そう言えばこんな経験は二度目だ。

 一度目は今ここで船を漕いでいる弟の時。

 その時は父が死んでいていなかった。

 母も二度目の出産という事で少しは慣れたものだったが、僕は全くの初めてで、祖父がいるとは言っても父がいない心細さに不安でいっぱいだった。

『お父さん……お母さんと生まれてくる子を守って』

 そう祈ったものだが、当の父は弟が生まれていた事も知らなかったのだから僕の願いなど知るよしもなかったが。


「あなた……あの子の顔、見てくれた?」
「ああ、見たよ。可愛い女の子だ……君によく似た可愛い女の子」

 今、新生児室でスヤスヤと眠る、生まれたその子は女の子。

 男続きだったこの家に生まれた初めての女の子。

 娘を欲していた母は大喜び。父は「男でも女でも元気ならなんだっていいや」と言っていた。

 弟は自分より小さな存在に、自分が兄になったようで嬉しいと騒いでいた。

 義父はおいおいと号泣し、祖父が苦笑しながらその背を撫でていた。


「あら?あなたそっくりよ。髪の色も目の色も。女の子は父親に似ると幸せになれるんだから」

 胸を張って言う妻にすかさず返す。

「じゃあ君はサタンさん似なんだ?」
「……じゃ……ないけど……幸せよね」

 そう言って笑い合う。


 僕達は幸せだ。

 いつまでも若く仲のいい両親。

 まだまだ子供の弟。

 そんな家族に囲まれて僕達は幸せだ。

 
 そして今日、我が家に家族が増えた。

 僕の娘。

 僕達の、この世で一番大切な宝。


 ありがとう。

 僕達の子供に生まれてきてくれて。


 本当にありがとう。


 僕の視界はぼやけている。見えているもの全てがぼやけて見えた。

 目の前にいる妻も。そして光り輝く生を持って生まれた、新生児室で眠る我が子も。


 そしてこの世界全てが。


 この日、この世界は、天から降り注ぐ祝福の光で満ち溢れていた―。

 
 end

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