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□空を見上げて (DB)
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空を見上げて vol.10


「じっちゃーんっ!!」

 上空から自分を呼ぶ声が聞こえ、顔を上げる。
 
 そこには金色の雲に乗り、膝に自分と同じ頭の少年の乗せた山吹色の道着の男が見えた。
 
「おお、悟空か」

 デッキチェアから身を起こし、武天老師は自分のそばに筋斗雲に乗ったまま降りてきた悟空に声をかけた。

「オッス」
 悟空は手を上げて言った。相変わらずな悟空に武天老師は苦笑する。
「珍しく筋斗雲か」
「ああ。前にびっくりするから瞬間移動はやめろって言ったじゃねえか?」

 瞬間移動で突然現れる悟空に、カメハウスの面々はいつも驚かされる。
 
 クリリンや18号はまだいいのだが、幼いマーロンは驚いて何度か泣いたことがある。
 それ以来、18号からカメハウスに来るときの瞬間移動禁止令が出された。

「それでも筋斗雲とはの」
「たまには呼んでやんなきゃな」

 悟空はそう言って微笑みながら筋斗雲を撫でた。すると筋斗雲はくすぐったそうに揺れた。

「こんにちは。亀仙人のおじいちゃん」

 悟空の膝の上で悟空そっくりの悟空の次男・悟天が、とても悟空の息子とも思えないきちんとした挨拶をした。
 そんな悟天に悟空の妻のチチの躾の良さが窺える。
 
「おお悟天。よう来たの」

 武天老師は悟空そっくりの髪を撫でると人懐っこそうな笑顔を見せて言った。

「おじいちゃん、マーロンちゃんいる?」
「向こうでウミガメと遊んでおるぞ」
「じゃあ一緒に遊んでくるね」

 悟天はそう言って悟空の膝からピョンと飛び降りると、武天老師が指した方向へ走って行った。

 悟空はそれを見送ると、自らも筋斗雲から飛び降りた。

「今日はどうしたんじゃ?」
「遊びに来たんだ。クリリンは?」
 悟空はまわりを見回した。

「18号と買い物じゃ」
「マーロン置いてか?」
「おお。クリリンがそろそろ留守番もさせねばならんと言うての」
「へえ」
 悟空は感心したような顔をした。

「そりゃ揉めたぞい。18号のヤツ、ああ見えても子煩悩じゃからの」
「そんなイメージねえけど、いつもマーロンのこと抱っこしてんもんな」

 武天老師はそのとき起こったちょっとした騒ぎを思い出した。

 そのときの様子は今思い出しても笑いが出る。

 意外と子煩悩な18号はいつもマーロンを自分の目に届く範囲に置いている。
 そんな18号がクリリンからマーロンにそろそろ留守番をさせたらどうかと切り出された。

「18号はまだ留守番をさせるには早いって言っての」

 それは揉めた。思いもよらないクリリンの言葉に18号は思わず戦闘力を上げる程だった。

「でもマーロンが自分から留守番するって言ったからの。渋々じゃわい」

 子離れが出来ない18号は娘の発言に何だか寂しげな顔を見せ、そして渋々ながら承知するしかなかったようだ。

 
「見かけによらねえなあ」

 悟空はハハハと笑い、ウミガメと遊んでいる悟天とマーロンに目を移した。

「でも18号もそうだけどよ、クリリンもちゃんと親父してんだな」
「そういうお主も父親だろうが」
「そうなんだけどよ」
「お前の子育ては常人には理解出来んわい」

 武天老師は眉根を寄せた。

 いくら我が子に計り知れない戦闘力があったとは言え、大人と一緒に地球の命運を賭けて戦わせた。
 それまでも命がけの修行をさせて母親を泣かせてきたのは容易に想像できる。
 
 こんな修行バカに文句を言いながらもついてきたこの男の妻には頭が下がる思いだ。

 多少教育ママさんでも仕方あるまい、とまで思ったほどだ。

「そう言えば悟空。お主相変わらず修行ばかりなのか?」
「ん?ま、そうだな」

 何でも無いように答える。セルとの戦いの前の働くと言った約束はどうなっておるんじゃ? 武天老師は思った。

「ちょっとは奥さん孝行しておるんか?」
「それを言われるとつれえなぁ」
「ということは、しておらんのか……」

 はあ……と嘆息する。本当に相変わらずのようだった。死ぬ前と何も変わっていない。

「畑耕したり食料採ったりくれえはやってっぞ?」
「それくらい当然じゃわい。本当に相変わらずじゃなぁ……」

 悟空は胸を張って言うが、そんな悟空に武天老師は更に溜息が出た。

「……のう悟空……お主に謝らなければならんことがあっての……」
「何だ?」

 武天老師の唐突な言葉に、悟空は目を瞠った。

「昔のう……チチさんに悟空が戻って来んのは嫁さんが怖いからだって言ったことがあっての……」
「ああ、そのことか」

 宇宙から戻った後、触れたチチから感じた不安。
 自分のことが嫌いで戻って来なかったのだと、そう思っていたのだと悟空は知った。

「冗談じゃったんじゃが、いらぬことを言ってしまったと思っての……」

 悟空が戻って来るまでの間、チチは元気がなかったと悟飯や牛魔王が言っていた。そのとき、あの日不用意に言ってしまった言葉でチチを傷付けてしまったのではないかと、武天老師は思った。

「いや……じっちゃんのせいじゃねえ。全部オラが悪いんだ」

 後悔した。もっと言葉をかけてやればよかったと。言わなければならないことを、何一つ言っていないが為にチチを不安にさせていたことを。

「チチもさ、じっちゃんに言われなくてもそう思ってたみてえなんだ。そんなことぜってえにねえのに、チチにそんな風に思わせたオラが悪いんだ」

 伏目がちに、呟くようにそう言う悟空の目が、酷く頼りなさげに見えたのは気のせいではないだろう。
 だけどこんな様子の悟空に人間味のようなものを垣間見れて、武天老師は少し嬉しくなった。
 
 どこか浮世離れし、世の常識を叩き込まれる前に祖父を亡くした悟空。出会った頃はそんな悟空に手を焼くこともあった。
 しかし、悟空が結婚し、長男を連れてここへ来たとき、多少の常識も父親としての自覚も窺えた。それはきっとチチのお陰なのだろう。

「あのおなごは強そうに見えても弱いところがあるからの……」
「ああ……」

 重々承知している。そのことはきっと自分が一番……悟空は伏せた目を上げずに小さく呟く。

「その分、これからは嫁さん孝行してやらんとな」
「そうなんだよなぁ……これ以上チチを困らせちゃなんねえって思うのに、どうしてもなぁ……」

 悟空は誤魔化すように苦笑いをした。

「お前はなかなか他人には甘えないのに、チチさんには甘えっぱなしじゃからの」
「わかんのか?参ったな」

 武天老師の言葉に、悟空は頬を掻きながら返した。掻いているその頬は若干赤らんで見えるのは気のせいではないだろう。

「それくらいわかるぞい。お前にはチチがいてくれるから、ワシも安心じゃわい」
「じっちゃんには心配かけちまうな」
「まあ困ったヤツじゃからの」
「ヘヘッ。やっぱじっちゃんはオラの一番の師匠だな」

 悟空は白い歯を見せて、嬉しそうにそう言った。

「……そんな風に思ってくれるのか?」
「?あたりめえじゃねえか?じっちゃんはずっとオラの師匠だぞ?じっちゃんがいなかったら、かめはめ波だって使えなかったんだぞ?」

 何でもない風に言う悟空に、武天老師は身を乗り出す。

「カリン様も神様も界王様もいるではないか?」
「そうなんだけどよ、やっぱりオラの師匠ってのはじっちゃんなんだよな。亀仙流だけじゃなくて読み書きだって教えてくれたじゃねえか?教科書はロクなモンじゃなかったけどよ」
「あれな」

 お互いに笑いながら、当時教科書代わりに使っていた本を思い出す。
 悟空もその本の本当の意味を知ったのはチチと結婚してからだったのだが。

「それにさ、じっちゃんはオラのじいちゃんの師匠で牛魔王のおっちゃんの師匠だろ?チチだって牛魔王のおっちゃんに亀仙流習ってたんだし、うまく言えねえけど、オラん家が今あんのはじっちゃんがいたからって思えんだよな」
「悟空……」
「じっちゃんがいたから、みんなじっちゃんで繋がってるって気がすんだ」
「……そうか」
「おう。そうだぞ」
「……そうか……」

 武天老師は目頭が熱くなるのを感じた。常日頃思っていたこと。

 悟空にとって自分はもう、師匠でも何でもないのではないかということ。

 しかし、単なる杞憂にしか過ぎなかった。悟空は今もまだ自分を師匠と呼んでくれるのだ。

 二人して空を見上げる。

「筋斗雲もじっちゃんがくれたんだもんな」
「そうじゃったな」
「やっぱじっちゃんはすげえんだって」
「そうかの?」
「そうだぞ」

 青い空に青い海。

 ただ波の音と子供たちのはしゃぐ声が、耳に心地よく響いた。


 end
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