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□空を見上げて (DB)
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空を見上げて vol.11


 父の葬儀が滞りなく済み、参列してくれた祖父も父の仲間もみんな帰り、この家には僕と母と二人っきりになった。

 何だかひっそりとする。

 今までだって父が修行で戻らなかったり宇宙へ行ったまま帰って来なかったりで母と二人っきりだったことなんてよくあることだったのに、何故だか異様に静かに感じる。

「……静かだな」

 母も同じことを感じていたのだろう、ふいに口を開いた。

「静かだね」
「……悟空さがいなかったことなんて、今までだってしょっちゅうあったのに……」
「そうだね……」

 いつも父が座っていた席に目をやる。母も同じように視線を向けている。

 父は闘いの中ではなくウイルス性の心臓病で死んだ。一番父らしくない死に方だった。

 今までだって一度死んでいる。そのときは闘いの中で死んで、ドラゴンボールで生き返ることができた。

 しかし今度は病気だ。いわゆる寿命だったのだろう。

 日に日に痩せ衰えていく父を見るのが辛かった。あの強靭な肉体を持ち、闘うことなら喜び勇んで飛んでいく父は、病魔という相手には勝つことが出来なかった。

 あの父ですら、病気には勝てなかった……。

 父の席に向けていた視線を母に移す。すると母はこちらの視線に気付き、ニコリと笑った。

「悟飯。ちょっと外に出てみるだか?」
「はい」

 母の申し出に頷き、僕たちは家の外へ出た。

 日は沈みかけていて、辺り一面が真っ赤に染まっている。

「キレイな夕焼けだべなぁ……」
「そうだね……」

 まるで火事でも起こったのではないかと思わせるような空の色。

「……悟飯が生まれる前な、悟空さによく夕焼けを見に山へ連れてって貰っただよ」
「へえ」

 何だか意外だった。何分母には照れ屋だった父が、そんな気の利いたことをしていただなんて。

「おめえも一緒に行ったことあるだよ」
「僕、覚えてないよ?」
「そりゃそうだべ。まだ赤ちゃんだったもの」

 母は優しく微笑んだ。しかし、その直後、母の顔が何だか寂しそうな、申し訳なさそうな顔になった。

「……なあ悟飯……こんなこと言ったら、おめえおっ母のこと薄情だって思っちまうかも知れねえけんど……」
「……なに?」

 母は何だかそれを口にするのを躊躇っている。

 ……もしかしたら……僕と同じかも知れない……。

「……おっ母な、悟空さが死んじまって、ちょっと安心してるんだべ……」
「お母さん……」

 夕焼けを見ながらそう言う母の顔が、何だかとても綺麗に見える。

 憑き物が落ちた、そんな顔にも見えた。

「……だって……これ以上痩せて……弱っていく悟空さを見なくて済むだろ?」

 そして空を見上げたまま、母は涙を一粒流した。

「……これ以上……悟空さが苦しむ姿……見なくて済むだろ?」
「……うん」

 気が付くと、僕の頬にも涙が伝っていた。

 僕も同じだった。

 日に日に弱っていく父を見るのが辛かった。

 屈強な身体を持ち、強くて優しくて、僕の自慢の父。

 そんな父が日増しに痩せ、そして弱っていく。

 家にいると、すぐ傍にいなくても父の気まで弱っていくのを感じて、とても辛かった。

 出来るだけ傍にいたい、一緒にいたいという気持ちもあった。どちらかというと、そちらの気持ちの方が大きい。

 しかし、父がだんだんと痩せ衰え、弱っていく。そんな父の姿を目の当たりにして、僕は無性に恐ろしくなった。

 日に日に死に近付いている父の傍にいることが、僕には出来なかった。

 きっと僕の恐怖におののく心が父にも伝わってしまう。不安な僕の心が父に伝わって、父が不安に思ってしまう。そのこともまた怖かった。

 だから僕は父から逃げていた。出来るだけ父の前では笑って、いつもの自分でいたかった。泣きたくなかった……。

 だけど僕は弱かった。死というものと向き合うことが出来ずにいた。少ししかなかった父との時間をも減らしてしまった。普通でいる自信がなかったから。

 普通でいることが、いつもの自分でいることが、実は何よりも難しいことなのだとと知った。


「……僕も……同じだよ」
「……そうだか」
「うん」

 僕は母と同じように空を見上げて、相槌を打った。

 母も同じだったのだろう。

 だけど母は強かった。いつものように、たまにお小言も言い、そんな母に父も困りつつも嬉しそうな顔も見せていた。元気な頃の父なら逃げてただろうけど、父は母がいつもの母でいてくれることが嬉しかったのだと思う。

 父の為に普通でいた母。

 傍目には薄情に見えるかも知れないけれど、それがどれだけ大変だったか知っている。

 きっと……父も知っていたと思う。


「……これでもう、悟空さも苦しまずに済むだな」

 その言葉に、母に視線を向ける。

 優しく微笑む母の頬に伝う涙はとても綺麗で。父を心から愛しているという気持ちが痛いほどに伝わってきた。

 きっと誰よりも辛かったのは母だ。

 何があっても、どんなトラブルに巻き込まれても、母が文句を言いながらも父に付き従ってきたのは父のことが本当に大事で、心から愛しているからだ。

 ついていきたい。そう思ったに違いない。

 でもきっと、母は僕のためにここにいてくれる。


 だから、母が安心してくれるように、

「……うん……今頃あの世でめいっぱい修行してるよ」

 極力明るい声で言った。

「絶対そうだべな、おらたちのことも忘れて、修行三昧だべ」
「そうだよね」

 僕たちは顔を見合わせ笑い合った。

 苦しみから解放された父はきっと笑っているだろう。

 だからきっと、父に心残りがあるとすれば、母を遺して逝ったことと、父の死によって僕たちが笑わなくなるということだと思う。

 だから僕たちは笑う。

 父との思い出を語って。時には父の悪口も言ったりして。

 忘れずに父のことを語って。そして笑って。

 そして僕は父が愛した母を守る。

 そうすることが父の一番喜ぶこと。

 僕は夕焼けを見ながら、父に誓った。



父を思い出すんじゃない。忘れないんだ。

何があっても、決して忘れない。

強くて優しくて、僕の自慢のお父さんを―。


 end
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