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□空を見上げて (DB)
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空を見上げて vol.20
「じゃあ行ってくんな」
「行ってらっしゃい」
真っ青で澄み切った空を見上げれば、金色の雲が尾を引いて飛んでいく。
あっという間に去っていく夫の姿を見送ると、チチは視線を地面に落として小さく溜息を吐いた。
悟空と結婚してまだ幾ばくもないとは言え、誰もが羨む新婚の蜜月……のはず。
だけどチチの心はこの空とは裏腹に、日増しに翳っていった。
悟空は優しい。チチがどんなに怒ろうと怒鳴ろうと、『すまねえ』と言って決して怒ることはなかった。
一応自分の非を認め、全てではないが、チチの言うことを実践しようと努めることもある。
しかし『嫁』という意味も知らずに交わした約束を『まいっか』で果たして結婚したようなものだから、どんなに優しくても本当に好きでいてくれるのだろうか、という懸念がチチには絶えずあるのだった。
夫婦であるのに本当の夫婦ではない。
夫婦なのに、まだ清い仲の二人だった。
その上、最近ではチチが触れると悟空の筋肉が緊張して強張っているのがわかる。
(嫌がられてる?)
そんな風に思うことが何度かあった。
先にベッドに入る悟空であるが、今まで一度もチチを待っていたことなどない。
チチが寝室に入る頃にはすっかり夢の中。
そんな悟空の姿を見ると、ここに一緒にいてくれるのだという安心感とともに、自分に何の魅力もないのか?と、不安にもなってくる。
そして毎晩、涙を堪えて悟空の隣で眠る。
「おら……好かれてねえんかも知んねえなぁ……」
自虐的にそんなことを呟いたところで何の解決にもならないことはわかっている。だけど、溜息と共に洩れる胸の内。
嫌われてなどいないだろう。もし嫌われていたら、悟空はここには戻ってきてくれていないだろう。
戻ってきてくれているのだから、嫌われてはいない、と思いたい。
でも『約束だから』。
約束だからと一緒にいてくれているのなら?
その子供の頃に交わした『約束』を持ち出して悟空を縛り付けているのだとしたら?
本当は自由になりたいのに自分が無理矢理縛り付けているのだとしたら?
そう思うとたまらなくなる。
なのに帰りが遅くなっただとか修行にかまけて帰って来なかっただとか、そんなことで怒鳴り、逃げる悟空を追いかけたり攻撃したり。
わざわざ嫌われるかも知れないことをやってしまう自分の性格も恨めしい。
「……ホント、そのうち嫌われてしまうかも知んねえべ……」
嫌われてしまったら?そんな後ろ向きなことをも考えてしまう。
「きっと、嫌われたら生きてけねえかもな、おら……」
それだけに愛しく、絶対的な存在。
自分に生半可ではない修行を課してまで鍛え上げた武術の腕。
悟空の腹を十分に満たすために磨き上げた料理の腕。
全て悟空のため。悟空の傍にいたいから。
だから、今はせめて嫌われないようにしないといけないのに。
どうして怒ってしまうのだろう……。
チチは今日も空を見上げる。
悟空がここにいてくれるだけでいいではないか。
これ以上、何も望んではいけないのかも知れない。
悟空との子は本当に欲しいけれど、それを悟空が望んでいるとは限らない。
毎日毎日、悟空が飛んでいった空を見上げながら思う。
筋斗雲で飛んでいったまま、ひょっとして帰って来ないのかも知れない。いや、本当は帰って来たくないのかも知れないではないかと。
チチはそんな考えを振り払うように頭を振った。
今は帰って来てくれているのだから。本当に好かれるように努力すればきっと。
いつかきっと、本当に好きになってくれるかも知れないから……。
「よしっ!!」
チチは拳を握ると自分に気合を入れた。
「今日も頑張るべっ!!」
悟空に女として本当に好きになって貰えるように。
最期に一緒になってよかったと思って貰えるように。
今日も空を仰ぐ。
いつか。
この澄み切った空のように、この心が晴れるように。
end