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□空を見上げて (DB)
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空を見上げて vol.3


 勉強の最中、ふと息抜きに窓の外を見る。

「今日はいい天気だな」

 ぼんやりと空を眺めていると無性に空を飛びたくなった。

「よし!!」

 ノートと参考書を閉じて部屋を出た。

「お母さん、ちょっと出て来ます」
「悟飯、勉強は済んだだか?」
「ええ、ちょっと息抜きに」 

 台所の母に声をかけると足元でズボンを引っ張られた。

「なんだい? 悟天」
「にいちゃん、ぼくもつれてって」

 父が死んだ後に生まれた父そっくりな弟が僕を見上げて言った。

 僕は屈んで弟に目線を合わせる。

「行きたいの?」
「いきたい」

 母お手製のまだ少し大きい服を着せられた弟ははっきりと、間髪入れずに返事した。

 僕は別にいいんだけど……。

「お母さん、いい?」

 まだ四歳にも満たない弟を連れて行くのだから、母に了承を得なくてはいけない。

「いいだよ。あんまり危ねえことだけはしねえでな。ま、おめえたちは悟空さの子だから多少のことは大丈夫だべ」
 と、苦笑しながら母は言った。

 以前と比べると母は少し変わったと思う。

 勉強勉強と言わなくなったし、どちらかと言うと息抜きに修行でもしたらいいと言ってくれるようになった。
 あれだけ武道の嫌いだった母なのに、父が死んでから、何か思うことでもあったのではないかと思う。

 僕は外に出ると久々に父の相棒の雲を呼ぶ。

「筋斗雲っ!!」

 金色の雲は上空からその名を呼ばれることを待っていたかのように飛んできた。

「じゃあ行ってきます」
「いってくるね!!」

 弟を抱いたまま筋斗雲に飛び乗ると、弟は嬉しそうに母に向かって手を振った。

「気を付けるだよ」

 飛び上がり、家の方を見下ろすと母が家の前でこちらを見上げていたので弟に声をかける。

「ほら。お母さんが見てるよ」
「ホントだ!! おかーさーんっ!!」

 弟が膝の上から身を乗り出すので落ちないように支える。
 母は弟の声に反応し、手を振ってきた。

 だんだん小さくなる母を見ながら上空へと飛んだ。


「ねえにいちゃん」

 弟が父と同じツンツンとした髪をなびかせて、僕の見上げながら言った。

「なんだい?」
「あのよってどこにあるの?」
「え?」

 あの世。

 それは父がいるところだった。

「このままね、きんとうんでとんでったらね、あのよにいける?」
「……」

 心臓が止まるかと思った。

 弟が生まれる前に死んだ父は『あの世』にいると、この弟には言ってきた。

 死というものの概念を理解出来ていない弟には空を指して『お父さんはあの世にいるんだ』と言い聞かせてきたのだが、弟は空の向こうに『あの世』があると思っている。

 確かに間違ってはいないのかも知れない。しかし、簡単に行けるところではない。

「……それは……無理なんだ……」

 もし会えるなら。このまま筋斗雲で飛んでいけるところにあの世があるのなら、僕だって行きたい。

 そして、一言、お父さんに謝りたいって思う。

「なんでいけないの?」

 無邪気な弟の顔が僕の胸を締め付ける。

 一度も父の胸に抱かれたことのない弟。会うことすら出来なかった弟。

 そんな弟から父を取り上げたのは自分だと言っても過言ではないのに。

「にいちゃん?」

 言葉を紡げなかった僕に弟は不安に思ったのだろう。目を大きく瞠ったまま僕を見上げてきた。

 その瞳に宿る不安そうな色。

「ごめんね……行けないんだ……」
「なんで?」

 重ねて聞いてくる弟の瞳が僕の胸を更に締め付けた。

「ごめんね……無理なんだよ」

 これしか言葉を紡げずにいた。

 お父さんごめんなさい。悟天……ごめんね……。

「……でもね……いつかきっと……行けるから」
「いつかいけるの?」
「うん……いつか……」

 すると弟は、

「じゃあ、いつかぼくもおとうさんに会えるんだね」

 嬉しそうに笑った。

 『いつか』。この命が果てたとき。あの世に行けるのはそのとき。

「うん……いつか……」

 二度と会えない。そうは思いたくなかった。だから悟天に言い聞かせるように、しかし、自分に言い聞かせるように何度もその言葉を反芻した。

「……いつか……会えるよ」

 僕は空を見上げながら言う。

 この空の向こう、遠く遠くにいるお父さんにこの弟がいつか会えるように。
 
 どこまでも青く、澄み切った空が、何故だか滲んで見えた。


 end
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