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□空を見上げて (DB)
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空を見上げて vol.6


「ピッコロさん」

 パオズ山の奥深くにある湧き水を飲みに下りたとき、ふいに名を呼ばれたピッコロは振り向いた。

「悟天か」
「こんにちは」

 このパオズ山に住むピッコロの弟子・孫悟飯の弟の悟天がそこにはいた。

「こんなところでどうした?悟飯は一緒か?」
「ううん。 ひとりできたの」
「こんなところにか?」
「うん」

 まだ四歳になったばかりの悟天がこんな山深いところにいるとは。彼の母親が知ったら卒倒しそうだとピッコロは内心困惑した。

 彼の母親のチチはとにかく子煩悩で、少しでも危険なことが起こると相手が元の大魔王であろうと容赦なく怒鳴りつける。

 力の差は歴然なのにどうしてこの女には逆らえないのか、ピッコロがいつもチチを目の前にすると身体が竦む思いがするのは否めなかった。

 悟飯と悟天の父・孫悟空もそんなチチには頭が上がらなかった。おそらくこの地球で一番強い男であったろうに。

 しかしただの気の強い女ではない。
 悟飯の勉強の邪魔になるなら大魔王であろうと関係ないと恐れることもなく、それでいてピッコロを悟飯の師匠として受け入れている気のいい女ではあるのだ。

 超サイヤ人ですら黙らせるが(元より悟空は口数も少ないのだが)、それでいて文句を言いながらも悟空のすることを許容する、地球で一番包容力のある女なのかと思ったほどで。

 しかしそれとは別にこれが男女、いや夫婦の不思議なところであることは先代の神と融合して知ったことではあったが。

 とにかく気が強く、大魔王であろうと夫の悪友で片付けてしまうほどの包容力と適応力を持った女であったが、そんな彼女が夫の死後、一時精神を病み、その身を崖に投じようとしたことは彼女とピッコロだけの秘密で。

 そんな一面をピッコロは見ている。だから余計にこの息子たちの身に何かあったら大変なことになると知っている。

「ピッコロさんにね、聞きたいことがあるの」
「オレにか?」
「うん」
「何だ?言ってみろ」

 高圧的な口調であっても決して悟天は怖がることはない。ピッコロは兄の師匠で、自分たちのことを大切に思っていることを知っているからだ。

「あのね……」

 言い辛そうに区切りながら言葉を紡ごうとする。ピッコロはそんな悟天の言葉をただ無言で待つ。

「あのね……あの世ってね、どこにあるの?」
「あの世?」

 ピッコロは眉根を寄せた。

 あの世。それは悟天の父・孫悟空がいるところだ。

「にいちゃんがね、このお空のずっとずっと向こうにあるっていうんだ。でもね、筋斗雲じゃいけないって」

 空を見上げて大きく手を広げて悟天は言った。

「ねえピッコロさん。どうやったらあの世にいけるの?」
「……」

 この少年はまだ死というものを正確に理解できていないらしい。

「……あの世に行ってどうするつもりだ?」

 やっと出た声は少し嗄れていた。折角飲みにきた湧き水を飲めずにいるからか、それとも……。

「おとうさんに会いたいの」

 真っ直ぐに空を見つめ、悟天はきっぱりと言った。

「……ぼく、一度でいいから、おとうさんに会ってみたい」
「悟天……」

「……にいちゃんにね、筋斗雲であの世にいける?って聞いたことがあるんだ」

 空を向いていた顔を地面に向けて悟天は呟いた。

「そしたらね、にいちゃん『ごめんね』って言ったんだ」

 顔を上げ、ピッコロに向けるその瞳は僅かに揺れていた。 

「なんどもなんどもごめんねって……」

 そしてその瞳には涙が溢れてきた。

 悟天はあのときの兄の顔が忘れられない。

『ごめんね。無理なんだ』

 そう言ったときの兄の顔は、苦渋に満ち、そして悲しそうな顔に見えた。

 それを口にした悟天は後悔した。

 兄にそんな顔をさせるつもりじゃなかったのに。

 いつか会えると兄が言ったから、悟天は無邪気に喜んでしまった。けれど、その後に曇った兄の顔が気になる。
 あれから何ヶ月も経つのに、悟天の幼い心に刻まれた兄の悲しげな顔。

 時折母が悲しげな顔をすることも知っている。それが父に関係することも。

 父があの世というところにいて、会うことが出来ない。それはわかっている。

 それでも、父親という存在に接してみたかった。

 泣き出しそうな悟天の顔。

 この少年は間違いなくあの男の息子なのに、まるで生まれ変わりのような容姿を持っているのに。
 あの男が決して見せなかった顔を、この少年は自分に見せるのか。

「悟天」

 ピッコロはその名を呼んだ。
 悟天はピッコロの目を真っ直ぐに見ている。溢れ出しそうな涙を堪えて。

「結論から言おう。あの世へは行くことは出来ない」

 その瞬間、悟天の顔が曇った。

「あの世というのはこの世に生きてる者が年齢を重ねてその命を終えたときに、そのときにならないと行けないところだ」

 悟天は涙を浮かべたままピッコロを見ている。

 幼いとは言え、嘘を言うことは出来なかった。

「でもたまに……お前たちの父親のように若くしてそこへ行く者もいるのだ」
「……」

 悟天の顔がみるみる歪む。
 
 泣くか。ピッコロはそう思い悟天を見据える。

 しかし、悟天は涙をグッと堪え、そして服の袖で顔を拭った。

「……じゃあ……会えないの……?」
「……いや……いつかは会える。お前たちが年齢を重ね、天寿を全うしてあの世に行ったときにな」
「てんじゅをまっとうって何?」
「お前が年をとってじいさんになって死んだときだ」

 死んだ人間は1日だけ現世に行くことができるという掟があるが、それを言うつもりはない。いつになるかわからないし、戻ってくるかもわからないのだから、幼い悟天を変に期待させることは出来ない。

 悟天はまだ少し理解できないといった顔をしているが、ピッコロは重ねて話した。

「お前たちの父親は他の死者とは違い身体を残して貰えている。普通ならばその身体は無くなり、魂だけの存在になって生まれ変わるものなのだが、孫悟空は……お前の父はきっとお前たちがあの世に行ってもまだいるだろう」
「……ホントに?」
 悟天は目を瞠った。

「おそらく。向こうで同じように身体のある達人と一戦交えていることだろう」

 ピッコロは不敵に笑うと、悟天はそれに釣られるように笑顔を見せた。

「じゃあ、にいちゃんが言ってたようにね、いつか会えるんだね」
「ああ。それは随分先のことかも知れぬがな」

 その瞬間、悟天の顔が明るくなった。

「ずっとずっと先でも、いつかおとうさんに会えるんだね!!」
「ああ」

 底抜けに明るいと思われていた悟天の顔に浮かんでいた翳りが、すっかり取り払われた。

「ならぼくもそれまでガマンするよ。おかあさんもにいちゃんも、きっとおとうさんもガマンしてるんだもんね」
「……そうだな」

 この家族はきっと、この存在に救われてきた。

 容姿も性格も亡き父に似ている悟天。多少甘えたな部分はあるが、それでもこの存在があの家族を支えている。

 それは自分も同じかも知れない。

 ピッコロは天を仰いだ。

 見ているか、悟空。

 いや、お前のことだからまだ知らぬだろう。

 お前にそっくりな息子は悟飯の他にもいるということを。

 この存在が、お前が死んだ後のあの家族の、仲間の心を救ってきたことを。

「でもぼくがおじいちゃんになってからあの世にいっちゃっても、おとうさんわかんないんじゃない?」
「かも知れんな。でもお前ほど父親に似てると、さすがのアイツも気付くだろう」

 ピッコロはフッと笑い、悟空そっくりな悟天の頭を撫でると、悟天はくすぐったそうに笑った。

「さあ悟天。家まで送ろう」
「うん!! 久しぶりにおうちに寄ってってくれる?」
「ああ、いいだろう」

 久しぶりに愛弟子にも会いたい。どれだけ力を付けたか量るべく手合わせするのもいいだろう。

 その前に彼らの母親の雷が落ちるのを覚悟せねばならんだろうが。

 ピッコロは悟天を抱きかかえ、空に向かって飛び上がった。


 end
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