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□空を見上げて (DB)
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空を見上げて vol.8


息子が大空を飛ぶ姿を眺める。

いつの間にか大きくなった息子が、これからもっと大きくなっていくさまを、

自分は見れそうもない。

  
 食料の調達に行くと言って息子は出て行った。

 寝室の窓から息子が飛ぶ姿が見える。

 食料の調達は自分の仕事だった。修行ばかりで、強くなることばかりで、妻の言うところの『金を稼ぐ』ということはしたことが無かった自分が唯一行ってきたこと。

 今はそれすら出来ない。この痩せ衰えて、立つこともままならない身体のせいで。
 
 罰が当たったのかと思った。強くなることと戦いばかりで家庭を顧みなかった報いが、今この身体を不治の病が蝕むという形で現れたのかと思った。

 一度死んだ。宇宙にも行って帰って来なかった。

 その度に妻を泣かせた。


 息子が大空を飛ぶ姿を眺める。

 本当はまだ十歳にも満たない子供なのに、何だかすごく頼もしく見える。

 もう戦うどころか食料調達すらも出来ない自分とは違い、息子はとても大きく見えた。

 息子を置いて自分はもうすぐ逝ってしまう。頼もしく、大きく見えるとはいえ、まだほんの子供なのに。

 息子が隠れて、声を殺して泣いていることだって知っている。

 そんな思いをさせているのは誰でもない自分だ。

 胸が苦しい。病に蝕まれたこの心臓が痛むよりも胸が痛い。

 そして妻のことが何よりも気がかりだった。

 気が強くて怒りっぽくて、でも本当は人一倍泣き虫で、そして優しい妻。

 本当の妻の顔は息子は知らないだろう。きっと自分と、義父しか知らないだろう。

 そんな妻を置いて逝くことは出来ない。

 ならば、一緒に連れて逝こうか……?

 そんなことが頭を過ぎったこともある。

 置いて逝くのが辛ければ、連れて逝けばいいのだと。

 しかしそんなことが出来るはずもない。妻は自分の妻であると同時に息子の母親なのだ。

 息子の母親である妻を連れて逝くなんてこと、出来るはずもない。

 息子が飛び立った空を眺める。

 かつては金色の雲でこの空を駆り、いろんな冒険をした。

 そして妻にも出会い、息子を儲けることが出来た。

 幸せだった。天涯孤独な自分が得たこの家族はきっと、何物にも代え難いものだったのに。

 その幸せが当たり前になりすぎていて、家に帰れば必ずあるその温もりに甘えて、自分勝手なことばかりした報いなのかも知れない。

 迫りくる死の恐怖。一度死んでいるくせに、あの世がどんなところかも知っているくせに、何故こんなにも恐ろしいのだろう。

 それも全て報いなのだろう。

 それに抗うか。それとも甘んじて受け入れるのか。

 
 窓の外に広がる青い空。

 もうすぐこの空を二度と見れなくなるかも知れないけれど。

 願わずにはいられない。

 再びこの空を、妻と息子と、家族三人で飛ぶことを―。


 end
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