series
□空を見上げて (DB)
9ページ/26ページ
空を見上げて vol.8
息子が大空を飛ぶ姿を眺める。
いつの間にか大きくなった息子が、これからもっと大きくなっていくさまを、
自分は見れそうもない。
食料の調達に行くと言って息子は出て行った。
寝室の窓から息子が飛ぶ姿が見える。
食料の調達は自分の仕事だった。修行ばかりで、強くなることばかりで、妻の言うところの『金を稼ぐ』ということはしたことが無かった自分が唯一行ってきたこと。
今はそれすら出来ない。この痩せ衰えて、立つこともままならない身体のせいで。
罰が当たったのかと思った。強くなることと戦いばかりで家庭を顧みなかった報いが、今この身体を不治の病が蝕むという形で現れたのかと思った。
一度死んだ。宇宙にも行って帰って来なかった。
その度に妻を泣かせた。
息子が大空を飛ぶ姿を眺める。
本当はまだ十歳にも満たない子供なのに、何だかすごく頼もしく見える。
もう戦うどころか食料調達すらも出来ない自分とは違い、息子はとても大きく見えた。
息子を置いて自分はもうすぐ逝ってしまう。頼もしく、大きく見えるとはいえ、まだほんの子供なのに。
息子が隠れて、声を殺して泣いていることだって知っている。
そんな思いをさせているのは誰でもない自分だ。
胸が苦しい。病に蝕まれたこの心臓が痛むよりも胸が痛い。
そして妻のことが何よりも気がかりだった。
気が強くて怒りっぽくて、でも本当は人一倍泣き虫で、そして優しい妻。
本当の妻の顔は息子は知らないだろう。きっと自分と、義父しか知らないだろう。
そんな妻を置いて逝くことは出来ない。
ならば、一緒に連れて逝こうか……?
そんなことが頭を過ぎったこともある。
置いて逝くのが辛ければ、連れて逝けばいいのだと。
しかしそんなことが出来るはずもない。妻は自分の妻であると同時に息子の母親なのだ。
息子の母親である妻を連れて逝くなんてこと、出来るはずもない。
息子が飛び立った空を眺める。
かつては金色の雲でこの空を駆り、いろんな冒険をした。
そして妻にも出会い、息子を儲けることが出来た。
幸せだった。天涯孤独な自分が得たこの家族はきっと、何物にも代え難いものだったのに。
その幸せが当たり前になりすぎていて、家に帰れば必ずあるその温もりに甘えて、自分勝手なことばかりした報いなのかも知れない。
迫りくる死の恐怖。一度死んでいるくせに、あの世がどんなところかも知っているくせに、何故こんなにも恐ろしいのだろう。
それも全て報いなのだろう。
それに抗うか。それとも甘んじて受け入れるのか。
窓の外に広がる青い空。
もうすぐこの空を二度と見れなくなるかも知れないけれど。
願わずにはいられない。
再びこの空を、妻と息子と、家族三人で飛ぶことを―。
end