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□空を見上げて (銀魂)
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空を見上げて(銀魂)vol.1 快晴
「ふぁあ……ねみい……」
巡回という名目のサボリをしていた沖田はいつもの公園のベンチで横になろうとポケットのアイマスクを探った。
ふと前方のベンチを見ると、見慣れた傘が見える。
傘から覗く橙色の髪の毛は空を見上げていた。
(アイツ……日の光はダメなんじゃねえのかィ?)
少しとは言え日差しをその小さな身体に浴びている。
「……おい」
思わずかけた声にその人物はこちらに顔を向け、途端しかめっ面になった。
「……なんだ、お前アルか」
「なんだってなんでえ?」
「やるアルか?」
「おう、いい度胸じゃねえかィ?」
その人物・万事屋のところの神楽は仁王立ちになり沖田を一睨みしたが、
「……やっぱやめとくアル」
そう言って踵を返して歩き出した。
「……なんでィ……」
取り残された沖田は呆気に取られ、その場に立ち尽くした。
自分から遠ざかるその小さな背中を沖田は無言で見つめる。
(らしくねえ……)
いつもと違う神楽の様子に、沖田は戸惑いこそしたものの、そのままにしておくことが出来ずその背中を追った。
「なあチャイナ」
追いつくと同時に声をかける。
「なにアルか?」
少し不機嫌だと思われたその声は不機嫌というよりいつもより覇気がないといったところか。
「何かあったのかィ?」
「……別に……」
(言わねえか……当然か……)
何だか虚しいような物悲しいような、そんな複雑な気持ちになった。
沖田と神楽は仲の良い友人というわけではない。どちらかというと天敵といった方がいいのかも知れない。
顔を合わせればいつも喧嘩になって、一勝負してその日は別れる。そしてまた顔を合わせれば喧嘩をする。その繰り返しだった。
いい言い方をするならば喧嘩友達といったところか。
そんな沖田に神楽が自分の悩みなど話すわけもない。
自分たちの関係を沖田は自分なりにちゃんと理解しているし認めている。
だけど最近、どうにもそんな関係に満足できない自分がいることに気が付いた。
神楽が元気がない理由は何となくではあるが知っている。
神楽が毎日通っているラジオ体操。
夜間巡回の帰りに見かけた神楽は知らぬ少年と楽しそうにラジオ体操をしていた。
神楽よりも年下であろうその少年に笑いかけている神楽の姿が、どうにも知らない少女のように見えた。
その様子を見たとき、何とも言えないモヤモヤしたものが胸の奥にくすぶっていることに気が付いた。
(……何か……面白くねえな……)
そのときはどうして面白くないのかよくわからなかった。
しかし、そのとき一緒にいた土方が言った言葉。
『おい、あれって万事屋のトコのチャイナじゃねえか? こんな朝から彼氏とデートか? 隅に置けねえなぁ』
ニヤリと笑って、まるで何かを含んだようなしたり顔に、思わずいつものバズーカを取り出しそうになった。
しかし、ここでいきなり土方を攻撃すると土方の言葉に反応したと思われることが癪に思えて、沖田は無言で拳を握った。
相変わらず土方は何かを含んだような顔で沖田を見下ろしている。
(馬鹿にすんじゃねえよ)
沖田は自分の奥歯がギリと鳴るのを聞いた。
(殺すぞ、土方コノヤロー)
いつも思っていることなのに、このときは違うことで土方に対して殺意を覚えた。
それから時々明らかに二日酔いであろう万事屋の銀時や近藤のストーキングの被害者(返り討ちにされている分被害者と呼ぶに相応しいかはさておき)であるお妙などの万事屋縁の人物が先導し、二人仲良くラジオ体操を行っている姿を見かけたが、沖田は一度も神楽に声をかけなかった。
しかし、ある雨の日を境に神楽は一人になっていた。
寂しげな後姿で、それでいて何かを決心したかのように真っ直ぐに前だけを見据えてラジオ体操をする神楽のことが妙に気になった。
ある日、沖田は銀時に出くわしたときにそれとなく聞いてみた。
『あのガキか?どうにも病気で倒れちまったらしい。神楽のヤツ、あのガキが戻ってくるまでラジオ体操続けるんだって一人で始めちまってよ』
銀時は溜息を吐くと続けて言った。
『アイツん中じゃまだ雨は止んでねえんだよ。雨の日は不戦勝扱いだからな。あのガキが戻ってくるまで、アイツん中じゃずっと雨だ』
その後に『君も付き合うかい?総一郎君』と、これまた土方と同じようなしたり顔を見せたので、
『総悟でさあ旦那。つか何で俺がチャイナに付き合わなきゃなんねえんですかィ?』
と、つい意地を張ってしまった。
しかし銀時は『素直じゃないねえ』とニヤリと笑ったので、なんだか腹の底からムカついた。
その後も何度か公園の前を通り神楽の姿を見かけた。
雨の日も雪の日も嵐の日も、神楽はラジオ体操をしていた。
見る度にラジオ体操をする人数が増えていった。最初は万事屋の縁の人物ばかりであったが、気が付けば神楽に感化されていったのだろう。かぶき町の住人がたくさん来ていた。
中には桂と思しき人物も見受けられたような気もしたのだが、何となくあの集団に近付くことも、邪魔することも出来ずに捨て置いたのだが。
(……なんでえ……面白くねえ……)
その様子を見つめながら、沖田は苦々しく思っている自分に少し驚きを隠せなかった。
あんなチャイナ娘、どうでもいいとさえ思っていたのに。
自分が何に対してこんなにも不快に思っているのか、そのときの沖田にはよくわからなかった。
そして今日会った神楽は相変わらず雨のようだった。
今日はすこぶるいい天気なのに、神楽は空を眺め、まるで何かを祈っているようにも見えた。
「おいチャイナ」
自分の少し前をトボトボと歩く神楽に、沖田は声をかけた。
「……何アルか?」
振り向かずに返事だけする神楽に沖田は空を見上げて言った。
「……きっと、晴れるぜィ」
「……何言ってるアル。今日はいいお天気ネ」
こちらを向かずに怪訝そうな声音で答える神楽に、沖田は尚も続ける。
「止まない雨はないって言うだろ?」
沖田のその言葉に神楽は歩みを止めた。
「俺だって、早くお天道様が見たいんでィ」
沖田は空を見上げたまま重ねて言った。
すると神楽は勢いよく振り返り、
「当たり前ネ。雨は絶対に止むものネ。お天道様はすぐに出てくるネ!!」
そう言っていつもの気の強そうな瞳を沖田に向けた。
そして神楽は傘を閉じ、握り締めた。
「気が変わったネ。やっぱりお前とは決着付けないといけないネ」
「そうこなくっちゃ」
沖田は不適に笑い鯉口切る。
神楽もニヤリと笑い、傘の石突を沖田に向けた。
沖田は神楽に自然な笑顔を向けて貰えるあの少年が羨ましかった。
自分たちは顔を合わせば喧嘩ばかりで、あのような自然な笑顔を向けられることがないことに何だか苛立ちを覚えていた。
この感情が何たるか、沖田は気が付いた。
しかし、こうして剣と傘を交えて、自分たちは誰にも理解できないであろう交流を続けている。
(今はそれでいいじゃねえかィ?)
自分で自分に問いかける。
あの少年に向けられる笑顔ではなくても、自分たちだけのコミュニケーションがここにはあるのだから。
いつものように剣と傘を交える。
神楽にも、ほんの少し覇気が戻ったように見える。
沖田はそんな神楽を見て微笑む。
ほら、お天道様が顔を出した。
神楽の空もきっと、もうすぐ晴れるだろう。
神楽とこうしているだけで、沖田の中の天気は今日も快晴だった。
end