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□空を見上げて (銀魂)
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空を見上げて(銀魂)vol.3 夕空
見上げた空は真っ赤で。
まるで血に塗れた自分自身を映しているようだった。
『依頼です。お庭の草むしり、お願いできますか?』
妙からそう電話があったのは午前中。
どうせ新八の家だし、新八にやらせようと思ったのだが、今日に限って新八はお通ちゃんのライブだとかでいなかった。
神楽に行かせようと思ったが、神楽は朝食を食べるなり定春と出て行ってしまった。どうせ公園で沖田と格闘でもしているのだろうけれど。
「今日誰もいねえから明日でもいいか?」
一人でやるのも面倒なので、せめて新八のいる明日にしようとすると、
『駄目です。今日来て下さい。今すぐ来て下さい。テメエ一人でも来いや。来ねえとその天パ根こそぎ引っこ抜くぞ』
最後の方はやや低音で言われた。
こりゃ行かなきゃ草むしりする前に髪の方を根こそぎむしられかねねえな……。
「……はいはい。行かせて頂きます……」
渋々重い腰を上げて原チャリを飛ばして志村邸へと赴く。
志村邸に着くと、
「銀さんお待ちしてましたよ。さあ早速お願いしますね」
と、ニッコリ笑う妙に出迎えられて、そのまま庭へと直行する。
見れば茫々に生えている雑草。
「お前、よくもまあここまでほっておいたもんだなぁ」
「そんな暇なかったんです。誰かさんと違って暇じゃないもんで」
と、これまたニッコリと笑って言われた。
何故だか……というより今までの経験上、これ以上余計なことを言うと息の根も止められかねないので、黙って草むしりに精を出すことにする。
今日はすこぶるいい陽気だ。夏とは言えない季節とは言えど日差しが痛い。
首にかけた手ぬぐいで時折汗を拭う。
新八はともかく神楽にさせなくてよかったと思う。
でもアイツ、今頃沖田と格闘してんだろうな。日陰でやってるか、日陰で。
イケナイコトしてたらオトーサン許しません。……って、いつからオトーサンになったんだよ、俺……。あんなデッケエガキ持った覚えねえし。つか、その前に嫁さんだろ?いや、彼女か?
などと考えながらもせっせと草むしりに勤しむ。
「……疲れたぁ……」
草むしりが済んだのは午後3時頃。
途中お昼に昼食を用意すると妙が言った。
またかわいそうな卵かも知れないという予感が走ったので丁重にお断りしようとすると、出前を取るんで何がいいですか?と言われた。こりゃラッキー!!と『寿司!!』と答えたら『テメエ、ちったあ空気読めよ』と凄まれた。
じゃあ『何がいいですか?』とか聞くんじゃねえよ……などと内心思ってはいたのだが、これまた言わずにおいた方が懸命だと自分の中で警鐘が鳴ったので言わずにおいた。
出前の蕎麦(結局蕎麦かよ)を食べ、また草むしりに精を出した。
「お疲れさまでした」
全て終わって縁側に座ると妙が茶と一緒にハーゲンダッツを運んできた。
「マジで!?お前、後から怒らね?」
「怒りません。私が持ってきたのに何故怒るんです?別にいらなければいいですけど?」
「いりますいります!!」
取り上げられそうになるのを寸でで制し、蓋を開けてその甘さと冷たさを堪能する。
食べ終わるタイミングで妙はお茶を煎れていた。
冷たいアイスに熱い茶もなかなか乙だ。
煎れてくれた茶を飲む。
妙の煎れた茶はなかなか美味い。
あれだけの暗黒物質を作るくせに、どうして茶だけは美味く煎れられんだ?などと胸中で呟くと、
「何か?」
と、またニッコリと微笑まれた。(しかし目は笑っていない)
「何でもありません……」
コイツ、エスパーかよ?テレパシーかよ?てか実は俺がサトラレか何かかよ?
「銀さんの考えてることくらい、お見通しなんですよ」
と妙は本日一番の笑顔(ヤバイ方の意味で)を見せたので、こっちは本日一番の引きつり笑いで返した。
しかし、午前中から草むしりに精を出して疲れているせいかだんだん微睡んできた。
ウトウトと身体が船を漕ぎ出す。
「銀さん、寝るなら居間で……」
と言う妙の声は途中で途切れた。
目の前が真っ赤だった。
夕焼けの中、佇む己の掌を見ると、真っ赤に血に塗れていた。
「!?」
ここはどこだと、まわりを見渡す。
そこには天人たちの死体―死体―死体。
足元にも死体。
夕焼けで真っ赤なのか、己自身が血を浴びているからなのかわからないほどの赤。
「ウォーッ!!」
突然の叫び声と共に背後から殺気を感じ、振り向くと天人が最後の力を振り絞って襲い掛かってくる。
条件反射で手にしていた刀を振り上げ、切り捨てた。
何とも言えない、肉を断つ感触が手に伝わる。
(死んだな)
その感触だけで、天人が絶命したことがわかった。
そんな状況を何の感情もなく見ている己がいる。
だけど、ここにいたくないと思う己もいる。
(なんでここにいるんだ……?)
どうしてここにいて、どうして天人を切っているのかわからない。
そんなことをしていたのは、もう昔のことだ。
何故今になってここでこんなことをしているのだ?
帰りたい。
今いるべき場所に戻りたい。
『何を言ってるんだ?お前はもう血に塗れているんだ。平和な世の中で、のうのうと暮らしていけるわけねえだろ?』
袂を分かったはずの男の声が聞こえる。
『銀時。お前の生きるべき場所はここではないのか?』
今でも一応は交流のある男の声も聞こえる。
(違う違う!! 俺はもう……)
『違わない。お前は人殺しだ』
『さあ銀時。俺たちと一緒にこちら側で生きようではないか』
(違う違う!! 誰かっ……)
『銀さん』
(!?)
優しい声が聞こえた。
どこからともなく、いや、己の脳に直接響く声。
『銀さん』
もっと、もっと呼んでくれ。
『銀さん、銀さん……』
その声はだんだん大きくなり、目の前が再び真っ赤に染まった。
「銀さん」
「!?」
先程の優しい声に導かれ目を開けると、そこは真っ赤に染まった世界だった。
まだあそこにいるのか……と思うと、再び優しい声がした。
「銀さん、そろそろ起きて下さいな」
「へ?」
思わず間抜けな声が出た。
「銀さんがこっちにいるならみんなで夕食食べましょうって新ちゃんが。神楽ちゃんとも途中で合流したから、夕食の材料買って行きますって」
「……お妙?」
自分の身体を揺する手を思わず掴む。
「銀さん?どうしたんですか?」
「本物?」
「当たり前でしょ?私はスタンドじゃありませんよ」
妙はそう言ってクスリと笑った。
「あれ?俺……」
「疲れて眠っちゃったんですよ。今日はお疲れさまでした」
見ればそこは縁側。頭の下には枕が置かれ、薄い夏掛けが掛けられていた。
どうも茶を飲んでいる最中に寝てしまったらしい。
「……お妙……」
「なんですか?」
寝転んだままの姿勢で妙に問いかける。
「……俺、赤くねえ?」
「え?」
妙は目を瞠った。
「俺……血……浴びてねえ?」
先程の感触がまだ残っている。
自分は本当は今でも血に塗れているんだろうか?そんな風に思えた。
すると妙は柔らかく微笑み、
「……大丈夫ですよ」
そして頬に触れてきた。
「銀さんは……とっても綺麗ですよ。血なんて、浴びていません」
妙の言葉に、先程見ていた光景が薄れていくように感じた。
「……そうか……?」
「そうですよ」
「そっか……」
「はい」
はっきりとそう言う妙が毅然としていて、何だか頼もしく感じた。
「なあ」
「なんですか?」
頬に触れている妙の手を、その上から握る。
「もうちょっとだけ、こうしてていい?」
殴られるかと思ったけど、一か八かで言ってみた。
「いいですよ。銀さんの気の済むまで」
「……サンキュ」
思いのほか妙が優しげに微笑んだから、何だか涙が出そうになった。
真っ赤に染まった空を見上げる。
確かに自分の手は、この空のように真っ赤に染まっているのかも知れない。
だけど、ここに綺麗だと言ってくれる人がいるだけで、何だか少し救われた。
もうすぐ、新八と神楽の元気な声が聞こえるだろう。
それまでにいつもの銀さんに戻ってるから。
少しだけ、この手を独占しててもいいよな。
end