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□空を見上げて (OD)
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空を見上げて(OD)vol.6
警察官の仕事に就くようになってからは一般の人のような正月気分というものを満喫したことがない。
初詣の参拝客による落し物やひったくりの被害届や、酔っ払いの面倒に喧嘩騒ぎ。
人間というものは羽目を外すとトラブルを起こしやすい種族であるから仕方がないと言えば仕方がない。
今年も例に漏れず同じようなトラブルの処理に追われた。
しかも悲しいことに大晦日から元日の朝にかけての当直だ。
休む間もなくトラブル処理に追われ、くったくたになって当直を終えた。
今日はすみれさんも同じく当直だった。
一緒に署を出る。隣を見れば疲れ果てた彼女が歩いている。
「何でさあ、こうもトラブル起こしちゃってくれるヤツが多いわけ?年の初めくらい、殊勝に生きようって思わないわけ?」
憮然とした顔で隣を歩く彼女はとても新しい年を迎えたようには見えない。
そんな彼女に苦笑する。
「正月だからじゃないの?今年も無事に年を越せましたって。だからつい羽目を外しちゃうとか」
「あたしにとっちゃ正月も普通の日も一緒だけどね」
「まあこの仕事だからじゃないの?それに独り身だし」
「……悪かったわね、独り身で」
ギロリと睨まれる。
「こりゃ失敬」
「青島くんもじゃない。てか家に帰れば誰かいるわけ?」
「いません!! いるわけないだろっ!?」
何だか含んだような顔でこちらを見てくる彼女に、つい声を荒げてしまった。
「何ムキになってんのよ?」
「……別に……てか彼女を作る暇もないってすみれさんだって知ってるだろ?」
「青島くんの私生活まで存じ上げません」
素知らぬ顔で言われた。
「……あっそ」
お互いに素直じゃないなと思う。
どうしてここで『君がいるから彼女なんて必要ない』とか言えないんだろう。
まあ言ったところで流されるのは目に見えている。
「てかさあ、青島くんてさ、サラリーマンのときとか学生のときとかってあんな感じだったの?」
「あんな感じ?」
「大晦日とか元日にどんちゃん騒ぎ?」
「そこまではやってないけど……」
「あたし、高校卒業してすぐに警察官になったから、そういう感覚わかんなくって」
「そうだねえ。まあ友達と集まったりしたよ」
大晦日に友人と集まってそのまま初日の出を見に繰り出したり。
まあどんちゃん騒ぎとまではいかないけど、結構騒いだかも知れない。
「彼女とかも?」
「え?あ、まあ……」
確かに彼女がいたときは二人で初詣に行ったっけ。
だけどすみれさんに過去の彼女のことを触れられるのはちょっと……嫌っていうか、居心地が悪いというか……。
「そっか……」
何だかその顔が曇ったような気がした。
もしかして……ヤキモチ……とか?だとしたら、ちょっとテンション上がるんだけど。
「いいなあ……あたしさ、彼氏とか婚約者がいたときも元日に一緒に初詣とかしたことないんだよね。いつも会えるのは二日とか三日でさ。下手したら会えなかったし。何か羨ましいなあ」
「……」
羨ましい?
というか、恋人とか元婚約者とかの話を出されると何となく……モヤモヤする。
まあ軽く嫉妬している、ということは自覚している。
「どうしたの?」
無言になったことが変に思ったのか、すみれさんはキョトンとした顔でこちらを見上げてきた。
「何でもないよ」
無理矢理に笑顔を作る。
「……ふ〜ん」
怪訝そうにこちらを見てくる。
無理矢理笑顔を作っても筋肉が引きつってるのはわかる。
彼女も刑事なのだから、自分が作り笑いをしていることくらいお見通しなのかも知れない。
「……」
「……」
暫しの沈黙。
まあ大人気ないということはわかってはいるが、やはり面白くない。
今隣にいるのは自分なのに……とは言っても、自分たちはただの同僚の域を脱していないのだから仕方がない。
そんなことを考えていると、ふと思いついたことがあった。
「ねえ」
隣を歩くすみれさんに問いかける。
「初詣、して帰らない?」
「初詣?」
すみれさんはキョトンとした顔で見上げてきた。
「うん。俺たちさ、結構長く一緒にいるけど二人で初詣ってしたことないじゃない?」
「あ、そうね」
「どう?」
自分よりも幾分か背の低い彼女の顔を覗き込むようにして訊ねる。
「そうねえ……縁日で奢ってくれる?」
「縁日?」
すると彼女は頷くと笑顔を見せて言った。
「うん。お腹空いちゃった」
「仕方がないね」
嬉しそうに笑う彼女にこちらも笑みがこぼれる。
縁日で奢るくらい安いものだ。
「今まで彼氏と元日に初詣したことないんだったらさ、男と行くの俺が初めてってことでいい?」
ニヤリと笑って彼女の顔を覗き込む。
「……何かいやらしい」
「何がさ?」
「その言い方。それにその顔よ」
「え?どんな顔してる?」
「ニタニタしてる」
「そんなことないって」
「そんなことあるから言ってるの」
少し顔を赤らめた彼女がこちらを睨みつけて言う。
照れてるな。そう思うがそれを指摘すると途端機嫌を損ねてしまう。
折角二人で初詣に行けるのにそんなことになるのは困る。
「まあいいじゃないの。何食べるの?たこ焼き?」
誤魔化すように言ったが、その途端彼女は満面の笑みを見せてくれた。
「それとね、あとね」
「どれだけ食べるの?」
思わず苦笑する。
「だって当直明けでお腹ペコペコなのよ。カップ麺の年越し蕎麦しか食べてないんだからね」
そう言って頬を膨らませる彼女が可愛くて仕方がない。
「まったく……はいはい。好きなだけ食べていいよ」
「やった!! お正月からサービスいいね、青島くん」
「正月だからねえ」
「お正月以外もよろしくね」
「ちょっとっ!!」
早く早くと自分を急かしながら先を行く彼女を追いかける。
こうして一緒に初詣ができることがこんなにも嬉しいことだとは思わなかった。
年の初めを共に過ごせる。それだけのことなのに。
今まで友人や元の彼女と一緒に行ったことはあるけど、何気なくだけど、仕事の帰りに行く今日の初詣が一番心が弾んだ。
それはきっと、彼女と一緒だからだ。
「それよりもさ、初詣が先だからね」
「わかってるわよ」
彼女はこちらを振り向いて頬を膨らませた。
そんな彼女の隣まで行くと、その顔を覗き込む。
「何お願いするの?」
「内緒」
「すみれさんのことだからなあ〜美味しいものがいっぱい食べたいってところでしょ?」
「青島くんの奢りでね」
「ちょっと」
「こりゃ失敬」
彼女の本当の願い事なんてわからないけど。
それでもその願いに少しでも自分が関われたら……なんて思う。
「青島くんは?」
「ん?」
「何お願いするの?」
隣の彼女は笑みを浮かべて聞いてきた。
「そうだね……」
「うん?」
「やっぱり内緒」
「つまんない」
そう面白くなさそうに言う彼女の隣を笑いながら歩く。
「ま、口に出しちゃ叶わないかも知れないしね」
そう言って微笑む彼女を見下ろしてこちらも微笑む。
「叶って貰わないと困る願いだからね」
叶って貰わないと困る自分の願い。それは。
彼女がずっと、傍にいてくれること。
「そこまでの願いって何なのかしらね」
「だから内緒だって」
そう言いながら空を見上げる。
どこまでも澄み切った青空で、新しい年の始まりに相応しい空だ。
「いい天気ね〜」
「そうだね」
彼女も同じように空を見上げている。
こうして並んで一緒に空を見上げて。
それだけでも幸せなことなのだと、改めて感じていた。
end