お題・英単語
□suspicion-疑い-
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「空井一尉って、彼女作らないんでしょうか?」
島崎はたまたま食堂で一緒になった新しく渉外室に配属された広報官である下士官に聞かれた。
「何?急に」
「いえ、まだ独身と伺いまして……」
島崎は苦笑した。
多分女性自衛官に探りを入れて来いとでも言われたのだろうか。
ここ松島にブルーインパルスが戻って来てから数度、こういうやり取りがなされている。
それまでも他の渉外室の広報官も同じような探りを入れられたと聞いている。
島崎は今までに幾度と無く空井と旧知の仲であると知った女性自衛官などにそれとなく聞かれたりしているのだが。
見た目もいいし物腰も柔らかいからなあ……。
まあモテるだろうな、とは思う。
しかし、本人にはそんな気は全くない。
その理由は何となく、何となくではあるが気が付いている。
しかし、それを直接空井に問い質したことはない。
やはり何となく触れてはいけない領域のような気がするからだ。
「さあ?本人に聞いてみたのか?」
「聞いたことは聞いたんですが……」
世間話的に、思い切って切り出すと、
『僕?』
『ええ。結構人気あるんで。選り取り見取りでしょ?』
『そんなことないよ』
『でも、空井一尉の彼女になりたいって女子、結構いますよ』
『それが本当ならありがたい話だけど、僕はそんな気は全く無いから』
『どうして?』
そう問うと、彼は何も言わずに寂しげに微笑み、そして視線を手元のF-15の付いたボールペンに向けたのだという。
「そうか……」
やはり、踏み込んではいけない領域のようだ。
芦屋にいたとき、彼と同じ空幕広報室にいた片山にそれとなく話を聞いた。
彼には想い人がいると。
組織という、どうしようもない足枷によりお互い距離をとることになった彼ら。
しかしブルーインパルスのお陰で再会して、周囲から見ても二人の距離は縮まったと思われた矢先の震災。そして別離。
その話は片山によって聞かされ、彼も心底心配していることはわかった。
『あの二人、本当は好き同士なのにさ。何でこんなことになっちまったんだろうな……』
飲みながらそう呟いていた。
「どれだけ空井にアピールしても無駄」
「え?」
「って言っといた方がいいかもな」
「?」
唖然ととする新人広報官の彼に島崎は苦笑して言った。
「どうせ女子に聞いて来いとか言われたんだろ?」
「……はい」
図星だったのだろう。新人広報官は顔を赤らめた。
「アイツが彼女を作る気がないって言ってる限り、どんなにアピールしても……多分無駄だ」
「はあ……」
新人広報官は何だか腑に落ちないといった顔をしている。
「あの……もしかして……」
そして何かを思いついたように口を開いた。
「ん?」
「えっと……」
しかし何かしら言いよどんでいる。
島崎は彼が何かを言うのを待った。
「あの……ですね……」
「ん?」
「……空井一尉って……そっちの、人ですか?」
新人広報官は小声で言った。
そっちとは……そっちか!?
要するに、空井は男が好きってことか!?
「……ブッ、ハハハハハッ!!」
島崎の笑い声は食堂中に響き渡った。
周囲の人間が何事かと怪訝そうな目を向けてくる。
しかし島崎はお構いなしに笑い続け、空井がそっちの人かどうか、否定も肯定もせずに笑いながら去って行った。
残された新人広報官は唖然としてその姿を見送った。
合コンには誘われるが全て断る空井に、やはり『そっち』じゃないか?という疑惑が持ち上がり、それに対しては本人も全力で否定したが、何故か疑惑の全てが払拭されたわけではなかった……。
『空井一尉はそっちの人』
そんな噂が囁き始めた頃、とんでもないニュースが松島基地を駆け巡った。
空井一尉が電撃結婚をした。
しかも相手は先日取材に来た帝都テレビの美人ディレクター。
基地内でもテレビ局の美人ディレクターがやってきたと評判になっていたのだが……。
その彼女が空井一尉と結婚したと知らされ基地内は大騒ぎだった。
『いつの間にっ!?』
『空幕にいた頃の知り合いだと聞いたぞ』
『えー付き合ってたわけーっ!?』
『そりゃ合コンも断るわけだ』
『あんな美人だもんな〜』
などと囁かれた。
ということで、空井そっち系疑惑は払拭されたが、その裏で騙されたと騒ぐ女性自衛官が続出した。
『どこがゲイなのよっ!?』
『それはそれでアリかなって思ってたのにっ!!』
『一部の腐女子の間じゃ受けか攻めか話題になってたらしいわよ。だから騙されたって叫んでる』
『ただのノンケの男だったってことーっ!? しかも美人の彼女の存在まで隠してっ!! 期待したこっちが馬鹿みたいじゃないのっ!!』
などと騒がれた。
当の空井は、
『何で騙したことになってるんですか!? 自分は何を騙したんですかっ!? てか受けとか攻めって何のことですかっ!? 期待って何っ!? 何を期待されてたんですかっ!?』
そう言って真っ赤な顔で困惑していたが、島崎はそんな空井を見て笑った。
(期待ってのはそっちの人だったら面白いのにってことじゃね?)
とは言わずにおいてあげた。
そしてこの話を聞いた空井の愛妻も意味がわかったらしく、腹を抱えて爆笑していたらしい。
その後、事あるごとに愛妻の自慢という惚気を披露する空井は、一部において愛妻家であると評判になる一方、女性自衛官からの人気は一気に下がることとなってしまったことは余談である。
end