お題・英単語
□decision-決心-
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「先輩、本気ですみれさんのこと好きでしょ?」
「はあ? 急に何言ってんの?」
思わず噴出しそうになったビールを寸でのところで押し止め飲み込む。
署長と一署員という間柄であるが、今日はこうして二人でだるまで酒を飲んでいる。
一瞬いいのかなあ?なんて思うけど、自分にはコイツは署長というよりいつまで経ってもヘタレなキャリアで後輩でしかない。
一応署長として接しているつもりではあるが、つい『真下くん』扱いをしてしまうのだ。しかもタメ口で。なのでいつも課長に叱られる。係長にもなってだ。
真下の息子が誘拐された事件。それを解決したとき、コイツの緊張が解けたのか俺のことを『青島先輩』と呼んだ。
それからも表向きは署長として接してはいるが、俺がここに配属された頃の関係性が私生活では戻ることもあるのだ。
だから今も無意識からか酔った勢いからか『先輩』になっている。
「いや、そうじゃないかなあ〜?って」
「……だからって唐突にはっきり聞くね?」
「じゃあこの際はっきりと」
「あのね〜……」
「……先輩……すみれさんとは何もないんですか?」
「何もって……何も……」
ないわけじゃない……と思う……一応……。
アレがそうなら……『何か』あったことになるんだろうか?
「先輩って、すみれさんのことになるとヘタレになりますね?」
「ひっでえー」
「まあ実際そうだし」
「……」
ヘタレ……悔しいけど否定できない。
ヘタレじゃなかったら、今頃どうにかなってるはずだよなぁ……多分。
「でもね先輩。今まで本気で誰かを好きになってことってあります?」
「へ?」
「いや、なんかね、先輩まるで初恋みたいにヘタレになっちゃうから」
「初恋って」
「だって今まで結構恋愛慣れしてるのかな?ってカンジだったんですよ。僕の印象では」
「そうなの?」
「ええ。でも最近全然でしょ? 交通課の合コンのお誘いだって断ってるし」
「まぁ係長になってから忙しいしねえ……それに若い子ばかりでさあ……なんかねえ……」
「でも先輩、今でも結構婦警に人気あるじゃないですか?」
「まあね」
「うわ、自分で認めちゃったよ、この人……」
真下は思いっきり身体を仰け反らせて言った。
「お前が言ったんだろ!?」
「まあそれはいいとして」
「いいんかい」
「でもお誘いとかあるでしょ? 一応存じてます。情報は入ってくるんで」
真下はそう言うとジョッキのビールを煽った。
「どっからの情報だよっ!?」
「それはいいとして」
「いや、良くないだろっ!?」
「知らない方がいいってこともあります」
「……何だよ、マジで……」
「まあいいとして」
「……俺としては良くないんですけど……」
俺の知らないところで何かが動いているのか?何かすごい薄ら寒い……てか、署員全員疑いの眼で見てしまいそうだ。
「いや、とにかく合コンのお誘い、断ってるでしょ?」
「まあ……うん」
「でもすみれさんのお誘いは何としても乗るくせに」
「あ……ああ、まあ……」
図星をつかれて何だかしどろもどろになる。
「ホントに大好きなんですねえ〜すみれさんが」
「あのねえっ、不機嫌にさせちゃさ、あとで面倒だろ!? 湾岸署のワイルドキャットはっ!!」
「まあそうですけど……」
「なんだよ?」
「それだけじゃないって気がするんですが……」
「……」
なんでこんな会話になったのか?
コイツは心底惚れた相手と結婚し、子供も二人恵まれた。
要するに余裕があるのだ。人の恋路を気にする余裕が。
ふざけんなよ!! と叫びたいがそれもビールと同様に推し止める。
まあ正直な話、コイツの言うことはあながち間違っていないのだ。
俺はすみれさんのことはかなり意識している。それは認める。
だからと言ってどうにかしたいとか、どうにかなればいいなとかって気持ちは……それも正直……無いと言ったら嘘になる。
と言うのも、あの事件のときにバスで突入というきっとすみれさんにとっては人生最大の無茶。いや、俺でもあそこまではしたことはないくらいの無茶。
でも俺の為にあんなことまでしてくれた。
『青島くんのことが……心配だったから』
一瞬怒鳴られたような、そんな言い方にどれほど心配していてくれたかわかって、すごく胸が締め付けられた。
そのとき、今まで秘めていた思いが込み上げてきて、思わず彼女を抱き締めた。
あのとき以来……彼女が撃たれて以来……。
次に彼女を抱き締めたのが9年も経ってからだなんて、自分の不甲斐なさに涙が出る。(本当には出ないがそれくらいの気持ち)
男としてどうよ?と思うこともあった。
今までずっと彼女が自分の傍にいたから、どこか安心感にも似た気持ちもあった。彼女はずっとこうして、刑事として自分の傍にいてくれるのだろうと。
だけど彼女は去ろうとした。俺に黙って。こっそりと。静かに。
彼女がいないと気が付いたそのとき、自分のピンチでそれどころではなくなって。
後から思えば何てタイミングなのだろう、と思う。
それから真下の息子を探し回りあのバナナ倉庫で犯人と対面。そして駆けつけてくれたすみれさん。
抱き締めた彼女は酷く震えていた。
本当に愛しくて。彼女が心から愛しくて。
『すみれさん、辞めないよね?』
そう言ったけど彼女は何も言ってくれない。
そりゃそうだ。こんなときでもはっきり言えない自分が情けない。
だから不甲斐ない自分の精一杯の言葉を伝えた。
『辞めないでくれ』
本当に精一杯だった。こんなこと、彼女には言ったことなどなかった。
我侭はたくさん言ってきたけど、気持ちをぶつけるような我侭は、きっと初めてだった。
だから『何か』があったとすれば……このときのことだ。
一応……ずっと一緒にいたいという気持ちは伝えたはずだ……よな?
「まあほとんどの署員は気が付いてますよ」
「え?何が?」
「先輩とすみれさんの気持ちにですよ」
「へ?」
「みんなヤキモキしてるんですよ。いい加減くっついてくんないかなあ〜って」
「はあ?」
「気が付いてたでしょ?それくらい」
「え?あ……まあ……」
何となくだけど、それには気が付いていた。
何と言うか……生暖かい目で見られてるなあ……って感じで……。
「ほらね。まあ、たまあに先輩の優しさに騙されて勘違いするいたいけな婦警もいましたが」
「騙すって!?」
「こりゃ失敬。まあ勘違いさせてたのは確かですけどねえ」
「……否定はできません……でもさっ、そのあと会ったら普通気まずいだろ?でも『すみれさんとうまくいけばいいですね!!応援してます!!』って言われるんだぞ?強がってる感じじゃなくてさ、こう、すっげえもの凄く同情的な顔でっ!! これってどうなんだよ!?」
「まあ先輩の片思いって思われてんですかねえ。もうそれは健気なほどに。だから同情されてんじゃないですか?」
どうもすみれさんが撃たれたときにテレビで献血を訴えたときのことが何というか……俺がすみれさんのことが好き……みたいにとらえている人が多いみたいで……。
まあ確かに今となっては否定できませんが、あのときはとにかく必死で。
すみれさんを死なせたくないって気持ちでいっぱいで……。
あのときの印象が強いのか、妙にそういう目で見られてるのかなあ?なんて思わなくもなかったが……。
「……何だかなあ……」
「でもね、実際のところ、すみれさんのこと大好きなんでしょ?愛しちゃってるんでしょ?」
「……そんなことは軽々しく言うもんじゃありません」
「なあに言ってんですか?昔の先輩ならどんな女の子にでも言っちゃってたでしょ?」
「俺はそこまで女たらしじゃないぞ」
失礼な、と眉をしかめる。
「冗談でも言えてましたよね?」
「まあ……多少なら……」
コイツ……よく見てるよな……。確かに合コンとか連れて行ったこともあるし。
「でも今は言えないんでしょ?本気すぎて」
「……ノーコメント」
「ホント、ある意味素直ですね。そう言ってる時点でバラしちゃってるのと同じじゃないですかあ」
「……」
「いい加減吐いたらどうですか?楽になりましょうよ?」
急に刑事の顔になった。こんなところでそんな顔になってどうすんだ?てかまだ刑事の顔出来るんだ。
てか楽にって……。何でお前に吐かなきゃなんないんだ。
「すみれさん、辞めようとしたけど撤回したでしょ?あれって先輩が説得したんでしょ?」
「……説得というか……お願い?」
「お願いしたんですかあ?ホント大好きなんですねえ」
「……大好きって連呼すんなよ……」
恥ずかしいからやめて欲しいんだけど……。
「あの倉庫で抱き合ってたんですよね?確か」
「何で知ってんだよっ!?」
思わず立ち上がる。一瞬周囲の目がこちらに向いたので慌てて席に着いた。
「僕の情報網をナメないで下さいよ?」
真下はニヤッと笑って言った。
「どっからの情報だよっ!?」
「軽々しく情報屋の名は明かせませんよ」
情報屋……あのときにあそこにいた人間……すみれさん……が言うはずはない。どちらかと言ったら何があっても隠すか。
あとは犯人の久瀬。それにコイツの息子の勇気くん。子供だからなあ……でもコイツの子だし……。
あ……和久くんっ!! 犯人は和久くんかっ!?
今度たまご雑炊奢るって言ったけど撤回してやる。
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