お題・英単語

□decision-決心-
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「で、何を言ったんですか?」
「へ?」
「先輩が何か言ったから、すみれさん残ってくれることになったんでしょ?」
「……そうなの……かな?」
「何、言ったんですか?」

 何だか目が据わっている。ちょっと怖い……かも?仕方がない。正直に言うか……。

「……『辞めないでくれ』って……」
「辞めないでくれ……ですかあ……まあ、先輩にしたら頑張った方ですかね?」
「だろ?頑張っただろ?俺」
 俺にしたら頑張った方だ。何せ……抱き締めながらだし……こりゃ、もう気持ち伝わったよな?
「まあ僕から言わせて貰ったら微妙ですけどね」
「そ、そうなの?」
 結構頑張ったんですけど……。微妙なの?これって。
「だってお願いなんでしょ?」
「まあ……そうだけど……」
 何か含んでる?そんな顔に見えなくもない。
「ということはですね、先輩はすみれさんに対して責任がありますよね?」
「へ?」
「だって先輩がお願いしたから残ってくれたんでしょ?身体がキツイっていうのに」
「……」
「まあ実際、そこのところどうお考えですか?」
「どうって……」
「結婚とか」
「結婚っ!?」

 いきなりそっちの話を振ってくるか?……まあ、年齢的に遅いくらいだけど……。

「したくないんですか?」
「すみれさんと……だよな?」
「他に誰がいるんですか?てかいるんですか?」
「いないよっ!!」
「先輩のことだからなあ〜」
「俺を何だと思ってんの!?」
「結構軽いくせに、いざ本当に大事な人に対しては15年間も同僚以上恋人未満という立場に甘んじてそれ以上の変化を怖がっている不甲斐ない男、ですけど?」
 しれっと、さも当然みたいな顔で言った。

「……軽くヘコむんですけど……てか言うようになったね……」
「これでも元ネゴシエーターです。そんでもって今はあなたの上司です」
「……そだったね……」

 少し忘れそうになってたけど、元ネゴシエーターだったんだよね。今はそんな片鱗も見せないから忘れかけてたけど。てかこんなことでその片鱗見せるなって……。

「まあそんなことはさておき、実際のところどうお考えですか?すみれさんだってもう若くないんですよ。このままでいいんですか?ただでさえ体調のこともあるのに。それなのに先輩はいつまで経っても煮え切らないし……正直ね、イライラします。もうヤキモキじゃなくてイライラです」
「……煮え切らない……」

 それ、唐揚げ屋のときにも言われた……。
 すみれさんが室井さんと見合いをしたって聞いたとき、ついカッとなって素に戻ってしまった。
 そのとき、『俊ちゃん』のままなら追及できると思った。そして『すみれ』に言われた。

『煮え切らないから15年もかかったんじゃないの?』

 そうかも知れない。『俊ちゃん』じゃない『俺』も煮え切らないからこの関係から脱却できないでいるんだ。
 てかきっとあのセリフも『俺』に言ったんだろうな……。

 でも正直このままでいいとは思っていない。脱却は俺だってしたいと思っている。
 だけどきっかけが掴めない。俺だってそれなりに恋愛ってモンは経験してきたつもりだ。それでもわからないんだ。すみれさんのことになると、今までの経験なんか全然役に立たないほど臆病になってしまう。
 大事すぎて。失いたくなくて。だからどうしていいのかわからない。
 そこだけ子供に戻ったような感覚に陥る。初めて彼女が出来たとき、どうやって手を繋ごうか迷ったときと同じような感覚なのだ。
 プラトニックすぎるだろ、俺……ホント情けないよ……。

 だから正直なところ、コイツが羨ましい。
 心底惚れた相手に真正面からぶつかって、砕けても諦めずにぶつかって、結局手に入れたんだから。

「……俺……お前が羨ましいよ……」
「は?何でですか?」
「だってさ、結局は雪乃さんと結婚できただろ?」
「……もしかして……先輩……雪乃が好きだったんですか……?」
「んなワケねえだろっ!? 俺はずっとすみれさっ……あ……」
「言っちゃった」
「……」
 チクショー!! どさくさで言っちまった!! そのニヤケ顔すっげームカつくっ!! でも本人に言ったわけじゃないし……でも真下ってことは雪乃さんにも伝わる……ということは……。
「お願い。雪乃さんには黙ってて。ここだけの話にして?」
「え〜どーしよーかなあ?」
 とりあえず頭を下げる。ホント、お願いだから言わないで。
「絶対に言うなよっ!? 雪乃さんに言ったら絶対にすみれさんにも伝わるだろっ!?」
「そんなこと……ない……と思う……けど?」
「何でそんなにしどろもどろなんだよっ!?」
「自信がないからですよ」
「だからさあ〜…………わかったよっ!! もうはっきり言ってやる!! そうだよ!! 俺はすみれさんが好きだよっ!! 愛しちゃってるよっ!! どうだっ満足かっ!?」
「やあっと認めましたかあ〜!! よくも今まで誤魔化してきたもんですねえ〜15年ですか?ここまで来たら天然記念物ですね」
「……天然記念物……」
「イマドキの中学生だってもっとはっきり『好きだ』って言いますよ?いい大人が揃いも揃って何やってんだか」
 盛大に溜息を吐かれた。そんなこと、自分が一番よくわかってるよ……。
「……痛いねえ……」
「ホント、いろんな意味で痛いですよ。15年ですよ?15年も何やってんですか?」
「……別に15年ってワケじゃ……」
 ない……はずだが……?
「じゃあ何年ですか?いつからですか?」
「いつって……いつだろ?」
「気が付きゃってヤツですか?」
「まあ……そんなトコ?」
「でも結構長い期間でしょ?」
「……うん……」
「僕が思うに、すみれさんが撃たれたときにはっきりしたって感じですか?」
「……かなあ……?でもさ、一応言い訳はさせて貰うけどさ、つり橋理論だったらって思ったからさ、ちゃんと考えないとって……」
「それで?つり橋でした?」
「……じゃ……なかった……」
「それなのにあれからずっとほったらかしですか?それって男としてどうですか?」
 痛いところをつかれた。それは自分でもわかってるけど……。
「だってさ……もしさ、俺だけだったらどうしよってさ……この先もずっと一緒に仕事してくんだぞ?」
「そんなこと怖がっててどうするんですか?」
「それにさ、何か心地よかったんだよ。この関係がさ。まあ、甘えてたって言われたらそれまでだけど」
「そうですね。でもわからなくもないですよ、その気持ち」
「だろ?」
「でも逃げてちゃダメですよ」
「……だね」
「てコトで、はっきり言って下さいね。本人に」
「へ?」
「あったりまえじゃないですかあ。『好きだ!! 結婚してくれっ!!』ってはっきり言えないような男にすみれさんを任せられないですよ」
「何でお前……そのポジションは一体?」
「僕はね、愛する雪乃の次にすみれさんが好きなんです。まあお姉さん的ポジションですけどね。だから不甲斐ない男にすみれさんは任せられません」
「……お前さあ、発破かけてんだよね?それともヘコませたいの?」
「一応発破かけてますよ」
「でも時々刺さるんだよね……」
「それは先輩が痛いとこ突かれたって思ってるからでしょ?」
「まあ、そうだよな……」
「先輩のヘタレっぷりを見るのは楽しいからいいですけど、さすがにすみれさんをこのままには出来ないですからね」
「ヘタレっぷりって……俺だってさ、頑張ったんだぜ……あのときだって……」
「『辞めないでくれ』のときですか?」
「……まあ……うん……」
 頼むからそのフレーズは言わないで……すっげえ照れるから……。
 思わず頭を抱える。
「……もしかして……『辞めないでくれ』で気持ちは伝わったとか思ってないですよね?」
「へ?」
「まさか……思ってたとか?」
「……」
「その顔は思ってたかあ……残念です。非常に残念です」
 真下は盛大に頭を振った。

「何でっ!?」
「だって考えてもみて下さいよ。『辞めないでくれ』がどうやったら『君が好きだ』になるんですか?」
「そう言えば……」
「『辞めないでくれ』は『警察にずっといて下さい』ってことですよね?普通ならそう解釈しますよね?」
「……」
「すみれさんの取り方次第ですけどね。あれから何も進展ないでしょ?」
「……ない」
 悲しいくらいに何もない。
「てことは、『警察を辞めないでくれ』と思っている可能性はありますよ」
「……」
「だからはっきり言わないと。正直なところ、どうにかしたいでしょ?」
「……はい」
「ここは男として、はっきりいきましょうよっ!!」
「……努力します……」
「楽しみだなあ〜」
「何が?」
「先輩たちの仲人ですよ。やっぱ僕でしょ?ここは」
「何で?」
「だって僕は署長ですよ?それにいろんな意味でも僕でしょ?」
「……署長ってのはともかく、いろんな意味ってのは……?」
「僕が頑張ったから先輩がやる気になったでしょ?」
「……そうかなぁ……?」
「そうでしょ?」
「……」
「とにかくですね、仲人は僕たち夫婦ですからね」
「てかさ……そういうのは決まってから言ってよ……」
「ま、そうですけどね」
 
 何だか楽しそうな真下を尻目にビールを仰ぐ。
 そして追加のビールを頼んだ。
 真下の「ピッチ早いですね〜」という声が聞こえたが気にしない。だって酔っていないと話せない、こんな話。
 何が悲しくてコイツに俺のすみれさんへの想いを話さないといけないんだ。本人にさえ話していないのに……。
 まあ全て不甲斐ない俺が悪いんだ。そうだ、俺のせいだ。
 
 でもコイツの言う通りだ。いつまでもこのままっていうわけにはいかない。
 すみれさんの身体のこともある。
 いつまでもすみれさんに刑事でいて貰いたいと思うのは俺の我が侭だ。
 しかし本音を言うとずっと傍にいて欲しいんだ。『刑事』のすみれさんじゃなくて、ただの……女性としてのすみれさんに。
 その気持ちを口に出来ないなんて本当に情けないし不甲斐ない。
 思わず溜息が出る。

「先輩。そんなに深刻に考える必要なんてないと思いますけど」
「へ?」
 まるで自分の考えを読んだかのように真下は口を開いた。
「確かに同僚期間が長すぎるってのはあると思いますけど、それを補って余りあるほどの絆がお二人にはあるでしょ?」
「……」
「自信持って下さいよ。多分、すみれさんだって同じ気持ちですよ。そうじゃないとあんな身体なのに戻ってきてくれませんよ」
「……」

 無理をさせているんじゃないだろうか……そう思うこともある。だからついすみれさんを目で追ってしまう。
 傷が痛むんじゃないだろうか、そんなことを思いながら。
 それでもすみれさんがここにいるんだと思うと嬉しくなる。本当に矛盾した感情だ。
 無理させていると後悔にも似た気持ちと、それでもここにいてくれることが嬉しい気持ち。
 
 本当に厄介な感情だ。
 
 だけどそれが人を好きになる、ということなのかも知れない。


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