お題・英単語

□decision-決心-
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 その帰り道。俺はすみれさんを送るために一緒に夜道を歩いていた。
 すみれさんは今は後ろに誰かが歩いても平気で、俺は一歩後ろを歩く。

 まあ、並んで歩くのがちょっと……恥ずかしかったりするだけで……。

「……」
「……」

 無言。
 てかすみれさんと二人っきりに帰るのなんて初めてじゃないのに。
 気持ちを伝える、と意識した途端、どうやって話してたのかわからなくなってしまった。
 意識しすぎだろ?俺! 中学生かっ!?
 とにかく何か話さないと……。

「あのさ……」
「なに?」
 すみれさんはあくまでも普通だ。いつものようにこちらを見上げてくる。
 ああ、可愛い……。その顔ですら今の俺にはヤバイんですけど……。

「あの……」
「だからなに?」
「えっとね……」
「なによ?」
 すみれさんの声音がだんだん低くなっている。
 早く何か言わないと機嫌を損ねてしまう。

「……すみれさんに言いたいことがあるんだけど」
「……なに?」
「えっとね……」
「……」
「だからね……」
「……」
「それでね……」
「あーーーーっ!! 煮え切らないっ!! なにっ!? もうっ!!」
「結婚してっ!!」
「は?」
「あれ?」
 あれ?俺今何言った?

「……あれ?ってなによ?」
「言っちゃった」
「はあ?」
「ヘヘヘッ」
「……なに言っちゃってんのかしら?」
「なに言っちゃってるんでしょうね?」
「自分のことでしょ?」
「つい……勢いで……」
「青島くんって、勢いでそんなこと言っちゃう人なんだ」
 眉根が思いっきり寄ってる。怒ってる!?
「い、勢いだけじゃないよっ!!」
「じゃあなによ?」
「……ずっと……考えてたんだけど……」
「……」
「俺さ……すみれさんのことは……その……ずっと……その……好きだったんだけど……」
「……」
「そのさ……この関係が心地よくてさ、だから曖昧にしてきたんだけどさ……」
「……」
「でもこないだのことでさ……すみれさんが離れてくのは嫌だって言うか……ずっと傍にいて欲しいなあ……なんて思ったらさ……」
「……」
「もう限界っていうか……そろそろはっきりさせたいなあ……なんて……」
「……」
「だからさ……すみれさん?」
「……遅い」
「へ?」
「遅い!! いつまで待たせんのよっ!?」
「ご、ごめんなさいっ!!……て……?」
 すみれさん、今何言った?

「あれからずっと待ってたんだからっ!! だけど青島くん、何にも言ってくれないしっ……」
 伏し目がちで顔を真っ赤にしてそう言うすみれさん。
 ああ、もう抱き締めたい。

「……いや、あの……ゴメン……」
「……やっぱり……必要とされてるのは刑事としてのあたしなんだなって……」
「そんなことっ」
「だから……今まで通りでいないといけないんだって……」
 あるわけないのに。そんな風に思わせていたなんて……。

「ゴメン……俺がはっきりしないばっかりに……」
「ホントよ。あたし、このまま行かず後家になるのかと思った」
「じゃあ……」
「青島くんこそ……本気なの?」
 不安そうな顔で見上げてくる。
「本気だよっ!! 本気ですみれさんと結婚したいって思ってるよっ!!」
「青島くん……」
「俺と結婚して、すみれさん」
「……うん」
「よかったあ〜……」
 ホントよかった……断られたら、もう生きていけないかと思った。

「そんなによかったって思ってくれてるの?」
「当たり前じゃないか。もうどれだけドキドキしてたか……」
「あたしが断るんじゃないかって?」
「そうだよ……俺だけが好きだったらどうしよって……」
「……あたし、青島くんを好きだって言ったっけ?」
「へ?……違うの?……好きじゃないの……?」
「…………ウソ」
「へ?」
「好きよ。ちゃんとね。青島くん、確認しないもんだからからかっちゃった」
「ったく……でもまあ、すみれさんが好きでもない男と結婚するような人じゃないってちゃんとわかってるから」
「……もう」

 顔を真っ赤にして頬を膨らませるすみれさんは本当に可愛いと思う。

 今、この瞬間から彼女は俺の婚約者で……奥さんになる人なんだ。

 唐揚げ屋のときも演技とは言え彼女と夫婦でいられることは本当に楽しかったし、こんな生活がずっと続けばいいな、なんてことまで思った。

 それが現実になる。そう思うだけで何だか心が躍った。

 どうしてもっと早くに自分の気持ちを伝えなかったんだろうって思う。
 だけど、自分たちにはこの時間が必要だった。
 
 同僚としてでも、ずっと一緒にいたいと確信できる時間が。

 本当に大事だと思う。ずっ一緒にといたいと思う。
 これからの人生、ずっと傍にいたいと、いて欲しいと思う。

 こんなにも誰かを必要としたのは初めてだ。

「いつ籍入れようか?」
 自分よりも背の低い彼女の視線に合わせるように背中を丸める。
「気が早いわね」
「早い方がいいじゃん?思い立ったが吉日」
「……あのね……」
 すみれさんは呆れたように盛大に嘆息した。
 するとすみれさんは思いついたように言った。
「ねえ、青島くん。恋人期間って欲しくない?」
「恋人期間?」
「うん。普通にデートしたりとか……」
「……欲しい」
 恋人期間。なんていい響きなんだ。
「じゃあさ、いつ籍入れるかはじっくり考えよう。式とかもさ」
「式……はいいわよ……」
「なんで?」
「今更ウエディングドレスとかってのも……」
「俺は見たいよ。すみれさんのウエディングドレス。キレイだろうなあ〜」
「もうっ!!」
 
 すみれさんがいくら拒否してもこれだけは譲れない。
 別に式や披露宴はしなくてもいい。写真だけでもいいから、すみれさんにはウエディングドレスを着て貰いたい。
 それが彼女を妻に貰う自分の我がままであろうと、何と言われてもいい。

 それにウエディングドレスを着ないとなると雪乃さんあたりがうるさいだろうし……。

『ウエディングドレスは着ないっ!? 絶対に着ないと駄目ですよっ!! 着せないなんて青島さん甲斐性なしですよっ!!』

 そんな罵声もきっと、心地よく聞こえてしまうんだろうな。

 なんて思ってしまうほど、幸せだ。

「ねえ、すみれさん」
「なあに?」
 白い息を吐いて、前を向いて歩くすみれさんの手を取って目線を合わせるように身を屈める。

「幸せになろうね」
 そう言うとすみれさんは一瞬キョトンと目を瞠って、でも次の瞬間目を細めて微笑んだ。
「もちろん」
 そう言って、すみれさんも手を握り返してきた。

 15年。永かった。
 だけど、その分幸せの比重がとんでもない。

『やっとですか?』
 そんな声がそこらじゅうから聞こえてきそうだけど。

 まあそれでも、発破をかけてくれた真下にもほんの少し感謝して(本当はしたくないけど)。

 曖昧ではなくずっと隣り合わせで生きていけることがどれだけ幸せなことか、この繋いだ手の温もりから感じていた。


 end
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