お題・英単語

□kick-蹴る-
1ページ/1ページ


「あ、蹴った」
 
 ソファに腰掛け小さな靴下を編んでいるチチが唐突に声を上げた。

「ん?なんだ」

 雨のため、珍しく修行を休んだ悟空だったが、それでもジッとしていられなくて腕立てをしているところに先程のチチの声。

「蹴っただよ。お腹」
「そうなんか?」

 愛しそうに少し膨らんできた腹を擦る。

 悟空はチチの隣に座り、その腹に耳を当てる。

 ポコン。

「あ、ホントだ」

 ポコン。

「また蹴ったな」

 何だか楽しそうに言う悟空にチチは微笑む。

 悟空はそのままチチの膝に頭を乗せる。

 ポコン。

「あんれ。今日はよく蹴るだな」

 ポコン。

「まただよ」
「……何かオラ、コイツに蹴られてるような気がしてきたぞ……」
「そういや悟空さが頭を置いてからだべな?」

 悟空がチチに膝枕をして貰ってからお腹の中の子が蹴る回数が増えているような気がする。

「……オメエのこと取んなって言ってるみてえだ」
「そうかも知んねえな」

 クスクスと笑うチチの振動が悟空にも伝わる。それが気持ち良くて、その振動を感じていると、

 ポコン。

 また蹴られた。

「何だよっ!?」

 悟空は咄嗟に飛び起き、チチのお腹に向かって叫ぶ。

「何でさっきから蹴るんだよっ!?」
「もう悟空さったら。ムキになるでねえよ」

 まるで子供のような悟空にチチは眉根を寄せる。

「だってよ〜」

 チチはフウ、と小さく溜息を吐く。

「ひょっとしたらだけんど」
「ん?」
「この子、悟空さに挨拶してんじゃねえだか?」
「挨拶?」

 チチの言葉に悟空は首を傾げる。

「んだ。おっ父おはようとかおやすみとか、そんな風に」
「そっかな」

 不思議そうに腹を見つめる悟空にチチは小さく微笑む。

「んだ。それにこの子は悟空さによく似てるんだべよ、きっと」
「オラに?」

 自分の腹のあたりからキョトンとした顔でこちらを見上げてくる悟空を見てチチは微笑みながら言った。

「まだお腹の中なのにこんなに蹴りばっかりしてるだよ。これは武道バカの悟空さに似てるってことだべ」

 いたずらな笑みを浮かべそう言うチチに悟空はすかさず反撃する。

「それならオメエだ。オラに容赦なく蹴り入れてくるじゃねえか?」
「それは悟空さが修行にかまけて帰ってくん忘れるからだべっ!?」

 ポコン。

「あ……また蹴った」

 チチの声に悟空は何かを思いついたように口を開いた。

「喧嘩すんなって言ってんじゃねえか?」
「……かもな」

 二人は目を見合わせて笑い合った。

「まあさ」
「うん?」
「コイツはオラたち両方に似てるってことじゃねえか?」
「……んだ。そうだべな」

 二人は微笑み合う。

 そして悟空は再びチチの膝に頭を乗せる。

 ポコン。ポコン。

 何度も蹴るお腹の子供。

「わかったわかった。オメエもオラと一緒に寝るぞ」

 悟空がチチの腹を撫でながらそう言うと、何だか大人しくなったように思えた。

「オラの言うことわかるんかな?」
「んだ。悟空さの子だもん」

 そう微笑むチチの顔は何だか大人びて見えた。

 これが母親なんだ。

 漠然とそう思った。

 本当の母親と触れ合ったことのない悟空にとって、母親とはどういうものかはわからない。だけど、こうして自分の子をその腹に宿しているチチが母親になったのだということはわかった。

 もうすぐ自分だけのチチではなくなるけれど、それでもいいと思える。
 
 自分の髪を撫でるチチの手が優しくて、だんだん微睡んできた。

 お腹の子も眠っているのだろうか。先程まであれだけ蹴っていたのに、今はすっかり鳴りを潜めている。

「……親子一緒に眠ってるだか」

 膝の悟空もいつの間にか安らかな寝息をたてている。

 チチは一つ微笑むと、自分も目を瞑った。


 end

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ