お題・英単語
□peaceful-穏やかな-
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今日は大変なことがあった。
魔人ブウの出現。地球滅亡。
それから父が生き返って、地球が救われた。
そんなことに思いを馳せるとなかなか眠れそうにない。
隣で眠る弟を見る。よっぽど疲れたのだろうか。きっと何が起こっても起きそうにないというほどによく眠っている。
今日はお父さんと寝るんだと言っていた弟。初めて触れ合う父という存在に最初は戸惑いこそすれ、今ではすっかり打ち解けて、まるで7年の空白の時間など一切感じさせないほどだった。
しかし、どんなに頑張っても睡魔には勝てなかったようで、父との入浴の最中に眠ってしまったらしい。
そんな弟を僕がベッドまで運んだ。
それから僕もベッドに入ったけれどなかなか眠れない。
確かに疲れているのだが、それ以上に父が生き返ったという事実に喜びで興奮してしまっているのだ。
ベッドに入ってどれくらい経っただろうか。足音が聞こえてきた。そして僕たちの部屋の前で止まった。
(お父さん?)
その気は確かに父のもので。
僕は何となく目を閉じた。そしてそっと薄目を開け、様子を窺う。
すると扉が開き、父が入ってきた。
父は弟のベッドの傍に屈み、弟の頭を撫でた。
「ゴメンな……父ちゃん、オメエが生まれてたことも知らなかったんだ……」
父は弟に懺悔の言葉をかけていた。
7年前にこの世を去り、天下一武道会の日にこの世に一日だけ帰ってきて初めて知ったその存在。
父はどんなに驚いたことだろう。
それにあんなにも父によく似た弟。誰もが父の生まれ変わりだと一度は口にした。
しかし母だけはそれを口にしなかった。
母は『この子は悟空さの子。悟空さの二人目の息子だ』とだけ言った。
その言葉で僕も祖父も父の仲間も、皆その言葉に得心したかのように目を瞠った。
そうなんだ。この子は父の生まれ変わりなんかじゃない。父の息子、僕の弟なのだと。
父はそんな弟の姿を初めて目の当たりにし、驚いてはいたがその生き写しのような弟の姿にすぐに自分の子であると認識していた。
そして天下一武道会が始まる前、こっそり母と話しているのを聞いた。
『すまなかったな……オラ、何も知らなかったから……知ってたらオラ……』
父はそう言って弟の方に視線を向けた。
『済んだことだべ悟空さ。おらだっておめえが死んでから妊娠がわかったんだから』
母は少し苦笑して言った。
『でもよ……』
『そんなことより悟空さ。今日は子供たちと出来るだけ一緒にいてやってけれ。次に会えるのはあの世なんだから』
父が何かを言葉を紡ごうとするのを遮るようにして母は言った。
『ああ……でもオメエ……』
『おらはいいんだ。あの子たちが生まれる前はずっと二人っきりでいれたし、あの子たちより早く死ぬだろうからその分早くおめえに会えるんだもの』
母は薄っすらと涙を浮かべて微笑んだ。
『チチ……』
明らかな抱擁などあったわけではない。手を握り合っているわけでもない。ほんの僅かな時間。数分にも満たないほどの僅かな時間、ただ見つめ合い、言葉を交わしているだけなのに。
なのに何故かその空気に、顔が熱くなるのを感じた。
父と母が仲良くしている場面など幾度となく見ている。それは息子である自分の特権だった。
だけど、このときの父と母が、何故か知らない男の人と女の人に見えた。
まるでつかの間の再会を喜ぶような、そして、もうすぐ迫る別れを惜しむような恋人同士に見えた。
そっと目を開け、父の様子を窺う。
父は慈しむような目で弟の見つめ、そしてその頬を撫でていた。
「……ホントに……悪かったな……」
その目は僅かに揺れているようだった。
それを見たとき、胸が締め付けられた。そして鼻の奥がツンと痛んだ。
父は暫く弟の頬を撫でていて、その後立ち上がりこちらへ歩み寄った。
僕は慌てて目を瞑る。
父は僕に手を伸ばした。
ふと頭に感じる懐かしい感触。
「……オメエには随分苦労かけちまったなあ……悟飯……」
その途端、堪えていたものが溢れ出そうになった。
昔よくしてくれたようにクシャクシャと髪を撫でられ、
「ありがとうな。オメエがいてくれたからオラも安心だった。でも、オメエはほんの小さな子供だったのにな」
父は呟くように言った。
「オラ……ホントにひでえ父親だったな……」
消え入りそうな声音だったけれど、僕の耳にははっきりと聞こえた。
そんなこと……。
「そんなことないっ!!」
僕は勢いよく身体を起こし、父に向き直った。
「悟飯?起きてたんか?」
僕が寝入っていると思っていただろう父は驚きで目を瞠った。
「そんなことないよお父さんっ!!」
「悟飯……」
「そんなことないんだよ……」
そう言う僕に父は微笑みながら言った。
「……すまなかったな、悟飯。あのとき、結局全部オメエに背負わす結果になっちまった。オラ、親として失格だ。オメエをあんなにも苦しめちまった」
「お父さんのせいじゃないです、お父さんのせいじゃないんです。僕が調子に乗ってしまったからっ!!」
涙が溢れて止まらなかった。僕は父に縋り付いて泣いた。
あのときのことはずっと僕の中で燻っていた。僕の中の残虐性が擡げてきて、ついには覚醒してしまったから。
父のせいでも誰のせいでもない。僕自身の問題だった。
すると父は昔よくしてくれたようにクシャクシャッと僕の髪を撫でて、
「よく頑張ったな悟飯。オラ、オメエみてえな息子を持って幸せだ。オメエはオラの自慢だ……今まで母さんと悟天を守ってくれてありがとな」
そう言ってくれた。
そのとき、ずっとわだかまりとなって燻っていたものが、すうっと溶けていくのを感じた。
「オメエはもう好きなことをすりゃあいい。学校も勉強も、オメエの好きなようにな。オメエは今まで我慢しすぎたんだ。オラみてえな親を持ったばっかりにな」
「そんなことないです。お父さんは僕の自慢のお父さんです。尊敬できるお父さんなんです!!」
父は僕の自慢の父だ。尊敬している自慢の父だ。
すると父は目を瞠ったが、
「ありがとな、悟飯」
そう言って太陽のような笑顔になった。
「オメエがこんだけデカくなっていくところを見てやることが出来なかったけど、これからはオメエが大人になってくところを見れるんだ。オラ、それが嬉しいぞ」
「お父さん……」
「でもな、あんまり早く大人にならなくていいぞ。どんどんやりたいこともやりゃあいいんだ。なんだっけ?グレートサイヤマンだっけ?どんどんやれ」
父はそう言って更に髪をクシャクシャッと撫でた。
「……はいっ!!」
父が死に、母と二人になった。だけど弟が生まれ、三人家族になった。
だけど、今日からは四人家族なんだ。
「あのビーデルって娘とも仲良くやんなきゃなんねえようだしな。ま、うちのことは気にすんな」
「お、お父さんっ!?」
父はハハハと笑いながら僕の背中を叩いた。
「じゃあな、おやすみ」
「おやすみなさいっ!!」
こうしておやすみを言えることはとても尊いものなのだ。
ほんの些細なことなのだけど、本当に幸せなこと。
僕は部屋から出て行く父の姿を見送り、ドアが閉められるのを確認すると横になり布団を被った。
そして目を瞑る。
限りなく安らかな眠りのために。
そして明日から始まる、穏やかで尊い日々に思いを馳せるために―。
end