お題・英単語

□injured-傷ついた-
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「それでさあ、『あなたが本当に私のことが好きなのかわからない』って言われたんだよね」
「ふ〜ん」

 休憩室でいつものように青島とすみれは背中合わせで缶コーヒーを飲んでいた。
 そのついでではないが、青島は最近恋人との関係が危ういということをすみれに話した。

「そんなつもりないんだけどさあ……」
「ふ〜ん」
 すみれは興味がないといった風に相槌を打っている。
 それでも話を聞いて貰いたい青島はお構いなしに話を続ける。

「確かに会ってても呼び出しがあったら行かなきゃなんないし」
「まあ、そうよね」
「それ以前に会える時間も少ないし」
「そうよね」

 青島は合コンで出会った一般企業に勤める彼女とは休みが合わない。
 たまに時間が合っても、急な呼び出しで署に戻らなければならなかったり、現場に赴かないといけないことがよくある。
 最初は彼女も理解を示してくれていたのだが、最近では目に見えて不機嫌になる。
 そんな彼女に悪いなと思いながらも、こっちも仕事なんだよ、と内心イラつくこともある。

「刑事が彼女作るって難しいことなのかな……?」
「そんなことないでしょ。結婚してる人だって多いんだから」
「まあ……そうだよね」
「あたしだってそれなりに上手くやってたわよ。婚約までこぎつけてたんだし」
「……そう……だよね」

 すみれはかつて婚約者がいた。しかし、ストーカーに付けられた傷が原因で婚約破棄となった。
 すみれがその話を持ち出したとき、青島は何だか胸の奥がチクリと痛んだような気がした。

「青島くんだって要領良ければ上手くやれんでしょ」
「それって俺が要領悪いってこと?」
「こりゃ失敬」
 すみれはおどけたようにその口癖を口にした。

「……すみれさんは……彼氏作んないの?」
 何となく聞いてみたいと思っていたことを青島は思い切ってすみれに聞いてみた。

「あたし?今はいい」
「そうなの?仕事愛しちゃってるから?」
 
 かつてすみれは言った。『やっぱり愛してる……仕事』と。
 
「それもあるけど……」
 一瞬、言い辛そうに口篭る。

「この傷を見せてもいいって人に出会わない限り、ないわね」
「……」

 すみれは被弾した。そこにある銃創。
 女性ならそんな傷を見せることは辛いことだろう。
 青島は苦渋の表情のまますみれを見つめている。

「そんな顔しないでよ」
 すみれは困ったように笑った。
「だって……」
「青島くんのせいじゃないんだからさ」
「……」

 すみれはあっけらかんと言うが、青島にとって今でも後悔が残っていることであった。

 目の前で撃たれた。助けられなかった。
 血に塗れて横たわるすみれの姿が今でも脳裏に焼きついている。

「あのねえ、これはあたしの問題なの。あたしが気にしてるだけなの。青島くんが気にすることじゃない」
 すみれは何となく落ち込んだ雰囲気を見せている青島の様子に苦笑する。
「だけどっ……」
「青島くんのせいじゃないって言ってるでしょ!!」
 声を荒げ青島を睨み付ける。

「すみれさん……」
「この仕事をしてる限り、自分の身に何かあるかも知れないことくらいわかってたわよ。覚悟だって出来てたわよ」
「だけど撃たれたんだよっ」
「あたしだけじゃないっ」
 すみれは青島の言葉を遮ると、ベンチから立ち上がった。

「真下くんだって撃たれたでしょ。青島くんだって刺されたじゃない」

 撃たれたのは自分だけじゃない。傷ついたのは自分だけじゃない。
 真下だって、目の前にいる青島だって傷ついたではないか。

「あたしは刑事なの。この仕事が好きなの。だからどんなに危険でも、この仕事を続けることがあたしの幸せなの」

 それが刑事としての覚悟。こうなったからと言って刑事になったことを後悔などしていない。

「……」
 青島は黙ったまま視線を足元に下げ、コーヒーの缶を握り締める。

「……でもいつかはこの仕事を辞めなきゃいけない」
 すみれは寂しげに微笑むと続けた。

「でもそのときは今以上の幸せを手に入れたときならいいなって思うわよ」

 そして綺麗に微笑んだ。

 今以上の幸せ。きっとその傷を曝け出すことが出来る人に出会ったとき。

 彼女はそんな人に、これから出会うのだろうか。

「……俺も……」
「ん?」
「俺も祈ってるよ。すみれさんがそのときに……今以上に幸せになってるように」

 青島は目線を足元に下げたまま、呟くように言った。

「……ありがと。青島くんも早く彼女と仲直りしなさいよ」

 すみれはそう言って微笑むと刑事課に戻って行った。


 彼女が仕事を辞めるそのとき、自分はどうしているのだろう。

 彼女とその隣で幸せそうに笑う、まだ見ぬその男を心から祝福しているのだろうか。
 そして、彼女を笑って送り出すことが出来ているだろうか。

 それとも……。

 張り裂けんばかりの胸の痛みに耐えているのだろうか。


 青島は一瞬でもそんなことを考えた自分に内心驚き、思わず頭を抱える。

 俺は今何を考えた?

 恋人との関係が危機に陥っていること以上に、すみれの『そのとき』のことを思って胸を痛めた。

 いや、本当の気持ちがどこにあるのか、もうとっくに気が付いていたくせに。

 同僚だから。仲間だから。
 自分の気持ちをすみれにぶつけることも、すみれを困らせるようなことをしてはいけない。
 ましてやそんな関係になることを望んではいけない。

 自分の気持ちを誤魔化すように他の女と付き合った。愛せると思った。
 確かに好きだったが、いつも心のどこかにすみれがいた。
 そんな自分の気持ちを彼女に見透かされていたのだろうか。

 もう元には戻れないかも知れない。いや、こんな気持ちのままでは戻ることなど許されない。

  
 
 青島は煙草に火を付け、煙を思いっきり肺に吸い込む。

「本当に馬鹿だな……俺ってヤツは……」

 そう呟き煙を吐き出すと、握り締めていた缶をゴミ箱に向かって投げる。

 しかし缶はゴミ箱の縁に当たって外れた。

 それはまるで、落ち着くところのない自分の気持ちのようだった。


 end

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