雨の日の唄

□雨の日の唄1〜30
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雨の日の唄5


 雨音を聴きながら、腕の中のチチの鼓動を身体いっぱいに感じる。

 よっぽど疲れているのか。チチは腕の中で小さな寝息を立てている。

 その姿を見ると、夕べもさっきもやりすぎたかな。と反省するが、チチを目の前にするとその反省もどこ吹く風、理性が吹っ飛んでしまうのだから始末が悪い。

 頭の上でひっつめていたお団子もすっかり解けてしまい、チチの滑らかで艶やかな黒髪は自分の腕に絡まっている。

 その髪を一房掬い、口付ける。


 愛しい―。


 その言葉の意味も、その気持ちも、教えてくれたのはチチだ。

 今の自分はチチによって構成され、チチによって成り立っている。

 チチがいないと生きていけないほどに、今の自分はチチを必要としている。


 もしチチが自分に会いに来てくれなかったら?


 家族も持たず、家庭のあたたかさも知らず、ただただ強さだけを求め、強い相手と戦う事だけを願い、生きていたのだろう。

 でも今はこのあたたかさを知ってしまった。何も知らずに生きるという事は無意味だと感じる。

 知らずにいたら無意味とも思わず、淡々と一人で生きる事に何も思わずにいたに違いない。


 そう思うとゾッとした。


 自分がこうして家庭を持っている事は奇跡なのだ。

 その奇跡を起こしてくれたのはまぎれもなくチチ。

 この腕の中で眠る小さな女が、自分に奇跡を起こしてくれたのだ。

 だけど時々、実は夢の中にいるのではないだろうか?と思う時がある。

 この腕の中の温もりは本物だろうか?思わず抱き締める力を強める。

「ん……っ」

 ああ本物だ。

 一瞬起こしてしまったかと思われたが、再び気持ちよさそうな寝息を立てる。

 こうしてチチは自分にその身を預けてくれる。完全に信用してくれている。


 ああ、チチ。


 オラはもうオメエを離さねえ。死んでもオメエはオラのもので、オラはオメエのものだ。

 腕の中のチチが小さく微笑んだように見えた。


 end
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