雨の日の唄

□雨の日の唄31〜60
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雨の日の唄51


 この腕にあったチチの温もりも匂いも、もうすでに感じないくらいの時間が経っているらしい。

 何となく寂しくなった。

 人の温もりというものに慣れてしまった。

 チチによって与えられた温もりは、じっちゃんのそれと似ているようで少し違った。

 じっちゃんの傍にいるとすごく安心した。守られてる。そう感じた。
 じっちゃんは『守られている温もり』だった。

 チチの場合は、チチが傍にいると安心する。チチが自分以外の誰の所にも行かず、ただ自分だけの傍にいる事に安心し、チチを傷付けるものから守れる安心感があった。
 チチは『守れる温もり』だった。
 この温もりこそ、自分が手離してはいけないものなのだ。

 そこに小さな命が一つ、二つと誕生した。

 この小さな温もりが増える度に、また自分は大人になれた。

 でも自分の勝手で何年も離れ離れになり、この温もりの一つに気付かずにいた。

(親失格だよな…。)

 そう思った事は何度もある。それでも小さな息子は自分の事を慕ってくれる。

 昔に比べて、息子達の事を思う時間が増えているように思う。生まれていた事も知らなかった息子の事も、散々苦労をかけたのに、それでも昔と変わらず慕ってくれる、自分と同じくらいの背丈まで成長した長男の事も。

 それに比例するように、自分に温もりを与えてくれた最愛の人物の事も。

(オラも一端の親で、亭主ってコトだな。)

 そう思える事が嬉しかった。

 きちんと畳まれた道着に身を包み、愛しい人の姿を探す。

 きっと台所だ。

 早くあの温もりをこの腕に閉じ込めよう―。


 end
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