雨の日の唄

□雨の日の唄31〜60
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雨の日の唄57


 台所へやってくると、そこには鼻歌交じりで朝食を作るチチの姿があった。

 台所の入り口からその後ろ姿を眺める。


(そういや新婚の頃もこうしてチチの後姿を眺めてたな)


 新婚の頃、新婚と言っても本当に結婚したばかりの、この家に来てすぐの頃だ。

 まず起きて、それまでは着たきりか脱ぎ散らかしていた道着がキチンと畳まれて置かれている事に少し戸惑って、朝食のとてもいい匂いが漂っている事に心が躍った。

 そして今のように台所の入り口からチチの楽しげな後姿に、妙な心のざわつきを感じた。


 この台所はチチがいるだけで妙に明るく感じた。
 ウキウキと料理をするチチを見ているだけで、胸がいっぱいになった。

 一度、自分のせいでチチが出て行った時、朝日がこの台所に差し込んでいるにも関らずチチがいないだけで妙に暗く感じた。

 チチがいないだけで、そこは何の意味も成さなくなるのだと、その時察した。

 チチがいるから、チチがそこに、自分の傍にいるからそこは暖かで明るい空間になる。

 チチさえいれば、自分にとってどんな場所でも生きる場所になる。


 此処からチチが消えたら?


 一瞬にして身体が凍りついた。

 そんな恐ろしい事を一瞬でも考えた自分がバカだ。

 此処にチチはいるじゃないか。

 それでも一度凍りついた心は溶けない。

 チチに近付きその細い身体を抱き締める。

「悟、悟空さっ!?危ねえでねえかっ!!」

 少し怒気の篭った声がする。

 その声すらも安心でき、そして愛しい。

「…すまねえ…ちょっとだけ…。」
「…悟空さ?」

 艶やかな黒髪に顔を埋め、思いっきりチチの甘い匂いを嗅ぐ。

 チチだ…。

 チチもおかしい自分に気付いている。それ以上は何も言わなかった。


 細い腰を更に抱き寄せ、このチチが幻ではなく、ちゃんと此処にいる事を実感した。


 end
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