雨の日の唄
□雨の日の唄31〜60
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雨の日の唄32
「ん…?」
美味そうな匂いが鼻腔をくすぐる。
「メシッ!!」
その匂いに誘われて思いっきり飛び起きた。
「起きただか?」
チチが台所から顔を出す。
「…腹減った…。」
自分の腹の虫が盛大に鳴った。
「…だろうな…。」
チチの方は盛大な溜息を吐いた。
ふと自分の傍を見ると道着と下着がきちんと畳まれて置いてあった。
それらを着て台所のチチの元へ行く。
「…ったく、おめえって男は…。」
完全に呆れているようだ。
「だってよ…仕方がねえじゃねえか?オメエとメシはオラにとっちゃ“ヒツヨウフカケツ”ってヤツだ。」
「…おめえにしちゃあ、難しい言葉知ってるだな?」
「界王様に習った。」
「そうだか…。」
そしてチチは横目で睨み、
「そんな事言えるようになったなんて、あの世で何してたんだべな?」
いつもより低い声で言った。
「何って修行。」
「何の修行だか…。」
そう言って自分に背を向けた。
「オメエ何言って…って、オメエ、オラがあの世でウワキしてたとか思ってんのかっ!?」
「…。」
チチは何も言わないけれど、その発している気で疑われている事はわかった。
「そんな事あるワケねえだろ?オラ、オメエ以外の女に興味なんてねえぞ?というより、オメエじゃねえと意味ねえし!!」
「…。今までそんな事言わなかったでねえか…?」
その細い肩を掴んでこちらに向けると、上目使いで睨んできた。
「そ、そりゃ、あの頃は恥ずかしかったというか…言えなかっただけでずっと思ってたんだぞ!!やっぱオラ死んでから、言わなきゃなんねえ事ははっきり言わねえと後悔しちまうってわかったから…だから今は言いたい事は言ってるだけだっ!!」
今の自分は真っ赤になっているに違いない。顔全体、耳まで熱を発したように熱く感じる。
「…ホントだか…?」
恥じらいながら見上げてくるチチがどうしようもなく愛しい。
「当たり前じゃねえかっ!!」
そう言ってその華奢な身体を抱き締めていた。
「…よく考えると、悟空さが浮気なんてそんな器用な事できるワケねえべなぁ…。」
チチは小さく溜息を吐いて呟いた。
「できるできねえじゃなくって、する気がねえんだ。」
「…そうだか。」
チチはそう言って小さく微笑んだのがわかった。
「…もう…疑ってねえか…?」
「んだ…すまなかっただ…。」
「…いや…オメエを不安にさせてたオラが悪いんだ…。」
昔も、もっと言葉にすべきだったと後悔する。
そうしたら昔も今も、チチを不安にさせる事はなかっただろうに…。
そう思うとチチを抱き締める力を強めていた。
「…でも…今夜は寝かせてくれな?」
「それはできねえ。」
間髪入れずに即答する。
すると、はあっ…と胸のあたりから大きな溜息が聞こえた。
でも、その溜息は雨音に消されて聞こえなかった事にしよう。
end