雨の日の唄

□雨の日の唄61〜90
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雨の日の唄64


「悟空さ、今日も修行は行かねえのけ?」

 チチは丼飯をかき込んでいる自分に言った。

「修行かぁ…」

 行きたい気持ちももちろんある。

 でも、折角チチとふたりっきりなのに、このチャンスを無駄には出来ない。

 普段は悟天がどちらかにくっついて離れないのだ。

 さて、どうするものか…?

「悟空さ?」

 考え込んでいる自分を訝しんでチチが声をかけてきた。

「ん?…どうすっかなぁって思ってよ…」
「おめえが修行すっか悩むなんて、だから雨が止まねえんでねえか?」

 楽しそうにコロコロと笑うその仕草は新婚の頃とは全然変わっていなくて…。

 その顔を見ていたら何だか顔が熱くなった。

 ドキドキと心臓の音が高鳴る。

 何を今更、自分達は結婚して20年近くなるのに。

 まるで新婚の頃の初めて自分に芽生えた感情に似ていた。


 恋だ―。

 そう思った。

 自分はこの妻に恋をしているのだと。

 その感情は既に愛に変わっているのに、それとは別にまた同じ相手に恋をしてしまったのだと。

  
 自覚した途端、チチの顔が見れなくなった。

「悟空さ?」

 大きな目で覗き込まれて、その目の引力に負けそうになった。

「うわあっ!!」
「何だベいきなりっ!?」

 思わず叫んでしまった。

「な、な、な、何でもねえっ!!」
「?」

 キョトンとした顔で見つめられると更に顔が熱くなる。


(あの頃もこんなんだったな…。)

 チチへの恋心が無自覚から自覚へと変わった頃。

 照れて照れてチチの顔が見れなかったあの頃。


(あんなデケエ子供もいんのに…今更何だってんだよ…?)


 自分のわけのわからない恋心に少し戸惑っていた。


 とりあえず、修行は…行って頭冷やした方がいっかな?


 そう思いながら、赤くなった顔を誤魔化す為に雨の降りしきる窓の外を見る振りをした。
 

 end
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