雨の日の唄
□雨の日の唄91〜120
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雨の日の唄99
今日は朝から娘に付き合ってずっと砂遊びだ。
昨日、昼寝をしている娘を師匠に預け、妻と二人でここから比較的近くの町に買い物に出たのだが、運悪く雨に祟られた。
雨宿りをしていて思いのほか帰宅が遅くなり、帰ってみれば師匠に抱かれた不貞腐れた娘。
昼寝から目覚め、両親が揃っていないものだから、癇癪を起こして大変だったと師匠とウミガメがぼやいていた。
夕べはずっと機嫌が悪かった娘に『明日は朝から遊んでやるから』と約束をし、どうにか機嫌をとって今に至る。
自分はどうにも女に弱いらしい。特に自分の妻と娘には。
いい年になってから出来た子だから余計にかわいい。特に娘だから。
この子が生まれたとき、本当に嬉しかった。涙が出て大変だった。
『もう、みっともないからそんなに泣くんじゃないよ』
娘を産んだばかりの妻は泣きじゃくる自分に眉根を寄せて、でも、その顔は何だかほんのり赤くて嬉しそうで。
『ここまで泣く男って逆に感動よねえ〜私のときは父親がどっかでトレーニングしていなかったからね。羨ましいわよ』
友人である女は腰に手を当てて言った。
妻は普通の身体ではない。万が一のことを考え、カプセルコーポレーションに産科医を呼び、万全の医療体制とカプセルコーポレーションの技術を動員させて出産した。
『悟空さ、悟飯のときは珍しく修行も行かねえでついててくれただよ。悟飯のこと、おっかなびっくりで抱いてて』
妻の出産に息子たちを伴って来てくれた親友の妻は昔を思い出し、楽しいそうに笑った。
次男のときには親友は既に亡かったが、自分たち仲間はみんな彼女の出産の知らせを聞いてすぐに駆け付けた。
長男のときは彼が生まれたことも知らなかったので、今度こそ祝ってやりたい気持ちもあったのだが、やはり皆、親友の忘れ形見に早く会いたかった。
見た瞬間、息を飲んだのを覚えている。
余りにも親友に生き写しの次男は、まるで親友そのものと思えるほどにそっくりで。
思わず生まれ変わりではないかと思ったほどで。
でも親友の妻だけは違った。
『おらと、悟空さの子だべ』
自信満々に、胸を張ってそう言う彼女の姿に、自分たちは『そうだ……生まれ変わりじゃない。悟空の子だ』と口々に言った。
そして、そのときに知った親友が父親になった瞬間。父親としての親友。
自分たちの知らない時間を、その時初めて触れたような気がした。
(なあ、悟空。オレも父親になったぞ)
天にいる親友にそう高らかに伝えた。
娘を初めて抱いた自分も、親友のようにおっかなびっくりで、こんな小さな子が息をし、動き、精一杯生きようとしている姿に、またも感動し涙を流す自分は、まわりの人たちを更に苦笑させた。
「パパぁ? どうしたの?」
いきなり手を止め、考え込む自分に不安になったのか、娘が声をかけてきた。
「何でもないよ。マーロン、次は何作ろうか?」
「おしろっ!!」
「よしっ!!」
二人して砂を積み上げる。
愛しいと思う。心の底から。
目の前にいるこの少女。自分と妻の血を引く、正真正銘の娘。
叶わないと心のどこかで思っていた。早くに結婚し、父親になった親友を羨ましいと思っていた。
でもこの、守るべき宝物を得て、戦いから遠ざかったとはいえ、違う意味で強くなれたように思う。
全部、全部君たちのお陰だ。
妻と娘の存在が、自分を更に強くした。
傍にはウミガメが転寝をし、家の中では師匠がピチピチギャルが映っているテレビに釘付けになって、妻が台所で炊事をしている。
確かに親友という犠牲の上に成り立った幸せではあるけれど、その親友も生き返り、再び家族の幸せを取り戻しているんだ。
そんなことを考えていると急に親友に会いたくなった。
後で電話してみるか。
そんなことを考え、今、目の前にある幸せに集中した。
end