雨の日の唄

□雨の日の唄91〜120
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雨の日の唄95


 夢を持つということ。

 昔、子供の頃は何の躊躇もなくそれを口にすることが出来た。

 現に僕も初対面のブルマさんに『偉い学者さんになる』と言った(らしい)。

 あの頃は本気で学者になれると信じていた。

 絶対になれると。

 僕はお母さんに言われたからではないけど、学者になることが夢になった。

 パオズ山を駆けまわり、自然に触れ、いろんな生物と出会い……。

 本当に貴重な経験だった。

 もっといろんなことを知りたい。そう思うようになった。

 他の人はどんな夢を持っているんだろう。

 そのうち誰かの夢を聞きたくなった。


 ある日、僕を寝かしつけてくれていたお母さんに訊ねた。

『ねえおかあさん。おかあさんのゆめって何だったの?』
『おっ母の夢?』
『うん』

 お母さんはひとつ微笑んで、

『んだな。おっ父の嫁さなることだべ』

 そう言った。

『じゃあ叶ったんだね!!』

 僕がそう言うと、お母さんは苦笑した。

『う〜ん、おっ母の場合はちょっと違うだな』
『なんで?』

 すると、お母さんは僕の頭を撫でて言った。

『おっ母の夢は叶ったんでねえ。叶えたんだ』
『叶えた?』
『んだ』

 お母さんの顔見ると先程より少し眉根が寄っていた。

『おっ父、『嫁に貰ってくれる』って約束さしたのに全然迎えに来ねえんだべ。だからおっ母、痺れ切らして天下一武道会まで迎えに行って結婚さしたんだべ』
『すごいねえ、おかあさん!!』

 本当にそう思った。お母さんはバイタリティーの溢れる人だったけれど、そんな昔からそうだったのだと、そのとき思った。

『あのまま待ってるだけじゃ、おっ父は絶対に来てくれなかっただろうからな。だからどんなに大変でも、おっ母は天下一武道会に出ておっ父と会うって決めたんだ』

 そう言うお母さん目は、お父さんを叱りつけている目に似ていたのは気のせいではないだろう。

『だからおっ母の夢は自分で叶えたんだ。叶ったんでねえんだべ』

 そのときのお母さんの言葉が印象的だった。

 夢が叶ったのではなく、叶えた。

 自分の力で叶えたんだ。

 いっぱい修行をしたのだろう。お母さんに天賦の才があったとは言え、並大抵の努力ではなかったはずだ。
 そのこと、お父さんはちゃんとわかってるのかな?……なんて、今更のように思ったりもするけど……。


 本当の夢は自分の力で叶えるもの。

 そのときはよくわからなかったけど、今ならわかる。

 学者になるという夢は簡単になれるものではない。誰の力に頼ることもなく、自分自身で勉強をし、もっと知識をつけるしかないということ。

 自分自身しか叶えることの出来ない夢。


『おかあさんはゆめを叶えたけど、今はもうないの?』
『今だか? そうだべなぁ……夢ってほどじゃないけんど……』
『なあに?』

 お母さんはニッコリと微笑んだ。

『ずっと、家族一緒に暮らすことだべ』


 その後、しばらくして僕たち家族は引き離されることになってしまったけれど……。

 お母さんのその夢はお母さんの力だけではどうすることも出来なかったかも知れない。お母さんは自分の力では叶えることが出来ない夢だと思っていたかも知れない。

 だけど長い、本当に長い年月をかけて叶えられることになった。

 お母さんは本当に努力していた。

 家族一緒に暮らすために、いつも美味しい食事に温かい寝床。それは温かい我が家。

 お母さんは寝る間も惜しんで僕たちの世話をしてくれた。

 僕たちが、お父さんが帰ってくる場所を作ってくれたのは、誰でもない、お母さんだ。

 だからこの夢も、お母さんが自分で叶えたものなんだ。

 そうだ。ただ待ってるだけじゃない。お母さんはただ待ってただけじゃない。

 家族一緒に暮らせると信じて、そして僕たちのために頑張ってくれていたんだから。

 お母さんの夢は自分で掴んだもの。

 誰でもない、お母さんが自分で叶えたものなんだ―。


 end
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