novel

□the first desire
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 こんな事は初めてだった。

 いつもならただいまと帰宅すると悟空の固い腕に柔らかい腕を絡ませて、『おかえり悟空さ』と頬をピンク色に染めて嬉しそうに微笑む。

 今日のように遅くに帰宅したり、何日も帰らなかったりした時は烈火の如く怒り、そして顔を真っ赤にして泣く。

 そして悟空はいつだって平謝りをしてチチに許しを請うのだ。

 それでも朝には温かい朝食が用意されていた。


 ケッコンして2ヶ月。

 チチはいつだって勝手な自分を許してくれた。

 でも今日のチチはどれにも当てはまらない。

 何か変だ。と、鈍感ながらも悟空は感じていた。




 チチは暗い寝室のダブルベッドに腰掛けて、その目は一点を見つめていた。しかしその瞳には何も映してはいなかった。


―悟空さはブルマさの所へ行った。

 
 その事実が重く圧し掛かる。

 夕食を作り終え、悟空の帰りを待っている時、一本の電話がかかってきた。

 電話の相手はブルマだった。


『孫君、私が留守の時にうちに来たらしいんだけど、何の用だったのかしら?おまけにアイツ、うちで夕食食べてったみたいだけど……あ、そうだチチさん、今度うちに遊びに来てよ。歓迎するから』

 それだけ告げて一方的に電話を切ってしまった。


 ……悟空さ、ブルマさに会いに行っただか?おらの作った料理のほったらかしにして?


 チチの精神状態はもうギリギリのところまできていた。

 今朝の悟空の態度。自分を拒絶した悟空。

 その出来事がチチを追い詰めてた。

 それに二人はまだ本当の夫婦にはなっていなかった。

 毎日床を共にしても、チチが寝室に入る頃には悟空は夢の中にいた。


 未だにチチび触れてこない。結婚して2ヶ月にもなるのに!


 チチは自分が押しかけ女房のような形で結婚したのだから、それなりに時間がかかる事は覚悟していた。


 だけれども2ヶ月、2ヶ月も何もしてこない。もう自分はただの同居人、ただの家政婦なんだと思った。
 

 こんな事は辛すぎる。それでも悟空の傍にいたい。その気持ちがチチをこの家に留めていた。
 

 でも糸が切れてしまった。今まで張り詰めていた糸が。


 今朝の悟空の態度とブルマからの電話による事実が、チチを悪い方向へと動かしてしまった。

 頑張るって決めたのに…悟空さに嫌われないように頑張るって…でも…。


「……もう潮時だべか……」

 チチはそう呟き、クローゼットの扉を開けた。




「チチ、もう寝たんか?」

 風呂から上がった悟空は寝室に入るなりチチに声をかけた。

 チチからの返事はない。ダブルベッドの方に目をやる。

 布団に包まり、チチは小さな寝息をたてている。

 悟空は何だかホッとして、チチの隣に寝転ぶ。


 チチといると何だか落ち着かない。

 チチの隣で寝息を聞いているとザワザワした気持ちがより一層酷くなっている気がする。

 枕に広がったちチチの艶やかな黒い髪、細い首、うなじ。

 仄かに香るチチの甘い香り。


 全てが悟空の平常心を奪い去った。

 でも夕べ隣で眠るチチを意識し過ぎて夜明け近くまで眠れずにいたせいか、悟空はチチの寝息を聞いているうちに深い眠りについてしまった。


 後にこの事がとても後悔する事になるとも知らず……。



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