novel

□“Thank you” to you ―『ありがとう』を君に―
1ページ/2ページ


‘それ’は突然やってきた。

幸せを積み重ねるように、
‘それ’はだんだん存在感を増してきた。



「ん?」

「どしただ?悟空さ」

 悟空はチチを腕に閉じ込めたまま、何かを感じあたりを見回した。

「……いや、何でもねぇ」

 そう言うと再びチチを抱きしめる。

 
 悟空は最近、自分とチチ以外の‘何か’の存在を感じていた。
 
 それはとても小さく、家にいる時感じる。

 特にチチが傍にいる時、こうして抱いている時が一番感じるのだ。

 だけど、それをチチに言えずにいた。
 

 以前チチがテレビの心霊特集を見て、異常に恐がったからだ。

 風呂に入るのも恐がり、一人で入るのを嫌がった。(それは悟空にとってかなり喜ばしい事ではあったが)

 なので、自分達以外の‘何か’を感じるなどと言ってしまったら、それこそ大騒ぎになってしまうからだ。


 だけど悟空は‘それ’は悪いモノとは思わなかった。

 逆に、自分に近く、チチにも近い気であり、それでいて全く別の気のような、不思議な感覚だった。


 その小さな‘それ’はだんだん、少しずつだけれど大きくなっていった。
  
 

「チチ?」

 悟空はその日に限って修行に身が入らず、早々に切り上げて帰宅した。

 だけれど、いつもいるはずの妻の姿がない。

「チチィ、どこだ?」

 そう広くはない家の隅々まで探す。

 チチが一度ほんの些細な行き違いから家を飛び出し(それが二人が一線を越えるきっかけとなったのだが)、悟空はそれ以来チチの不在を不安がった。

「……どこ行っちまったんだよ……」

 今朝家を出る時はいつも通りだった。

 喧嘩などしていないし、家を出て行った、などと言う事はないだろうが……。

 それでも不安になってしまう。

 ひとしきり探した後、買い物にでも行ったのだろうと納得して、チチがいつもうるさく言う手洗いうがいをしに洗面所へ向かった。

 そして汚れた道着を着替えようと寝室に向かう。


「あれ?」

 そこで悟空は気が付いた。


 あの小さな気配がない。


 いつもはこの家の中で感じていた。

 だけど今はこの家の中では感じない。

 どこへ行ったんだ?


 悟空は汚れた服を着替え、リビングのソファにドカッと腰かけた。


 あれは何なんだろう?といつもならば「ま、いっか」で済ましていたのに今回ばかりは真剣に考え込んでいた。


 あれは悪いモノではない。

 だから自分もそのままにしていた。

 だけどいつまでもこのままにしておいてはいけない。

 何故だかそんな気がした。


‘それ’はとても近いモノ、そう感じた。

 まるで亡くなった祖父に感じてたような感覚。

 そうでありながら、少し違うような…。

 単純でありながら、とても難しい。


「悟空さ? もう帰ってたのけ?」

 チチが玄関の所に姿を現した。

「どこ行ってたんだよ?」

 悟空はチチが戻って来た事にホッとしながらも、少し拗ねたように言った。

「ごめんな。ちょっと……病院に……」

 チチは少し俯いてそう言った。
 

 病院……?
 

 そういえばチチの顔は少し赤い。

 気も揺れている。


「……病院て……おめえ、どっか悪いんかっ!?」

 悟空はガシッとチチの肩を掴み、らしくなく動揺した。

「……どっか悪いとかじゃなくて……」

 チチは赤い顔をさらに真っ赤にして、言葉も歯切れが悪い。

「じゃあ何なんだよっ!?」

 明らかに動揺しているいつも冷静な夫に、チチはびっくりして顔を上げる。

「……すまねぇ……」

 思わず声を荒げてしまった悟空はチチに詫びた。

 そして少し冷静になった時、チチの近くに例の存在を感じた。
 
 ……この家じゃなくてチチの傍にいるんか?

 ―ドクン―

 心臓が何故だか大きく鳴る。


 ―チチ!?


 チチの身にとてつもない事が起きている。

 悟空は直感的に感じた。

「悟空さ……実はな……」

 チチは伏し目がちになり、口を開いた。


 悟空は息を飲み、チチの言葉を待つ。

「……ここに、いるだよ……悟空さの赤ちゃん……」

 そう言って自分の腹を撫でた。

.
次へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ