novel
□“Thank you” to you ―『ありがとう』を君に―
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‘それ’は突然やってきた。
幸せを積み重ねるように、
‘それ’はだんだん存在感を増してきた。
「ん?」
「どしただ?悟空さ」
悟空はチチを腕に閉じ込めたまま、何かを感じあたりを見回した。
「……いや、何でもねぇ」
そう言うと再びチチを抱きしめる。
悟空は最近、自分とチチ以外の‘何か’の存在を感じていた。
それはとても小さく、家にいる時感じる。
特にチチが傍にいる時、こうして抱いている時が一番感じるのだ。
だけど、それをチチに言えずにいた。
以前チチがテレビの心霊特集を見て、異常に恐がったからだ。
風呂に入るのも恐がり、一人で入るのを嫌がった。(それは悟空にとってかなり喜ばしい事ではあったが)
なので、自分達以外の‘何か’を感じるなどと言ってしまったら、それこそ大騒ぎになってしまうからだ。
だけど悟空は‘それ’は悪いモノとは思わなかった。
逆に、自分に近く、チチにも近い気であり、それでいて全く別の気のような、不思議な感覚だった。
その小さな‘それ’はだんだん、少しずつだけれど大きくなっていった。
「チチ?」
悟空はその日に限って修行に身が入らず、早々に切り上げて帰宅した。
だけれど、いつもいるはずの妻の姿がない。
「チチィ、どこだ?」
そう広くはない家の隅々まで探す。
チチが一度ほんの些細な行き違いから家を飛び出し(それが二人が一線を越えるきっかけとなったのだが)、悟空はそれ以来チチの不在を不安がった。
「……どこ行っちまったんだよ……」
今朝家を出る時はいつも通りだった。
喧嘩などしていないし、家を出て行った、などと言う事はないだろうが……。
それでも不安になってしまう。
ひとしきり探した後、買い物にでも行ったのだろうと納得して、チチがいつもうるさく言う手洗いうがいをしに洗面所へ向かった。
そして汚れた道着を着替えようと寝室に向かう。
「あれ?」
そこで悟空は気が付いた。
あの小さな気配がない。
いつもはこの家の中で感じていた。
だけど今はこの家の中では感じない。
どこへ行ったんだ?
悟空は汚れた服を着替え、リビングのソファにドカッと腰かけた。
あれは何なんだろう?といつもならば「ま、いっか」で済ましていたのに今回ばかりは真剣に考え込んでいた。
あれは悪いモノではない。
だから自分もそのままにしていた。
だけどいつまでもこのままにしておいてはいけない。
何故だかそんな気がした。
‘それ’はとても近いモノ、そう感じた。
まるで亡くなった祖父に感じてたような感覚。
そうでありながら、少し違うような…。
単純でありながら、とても難しい。
「悟空さ? もう帰ってたのけ?」
チチが玄関の所に姿を現した。
「どこ行ってたんだよ?」
悟空はチチが戻って来た事にホッとしながらも、少し拗ねたように言った。
「ごめんな。ちょっと……病院に……」
チチは少し俯いてそう言った。
病院……?
そういえばチチの顔は少し赤い。
気も揺れている。
「……病院て……おめえ、どっか悪いんかっ!?」
悟空はガシッとチチの肩を掴み、らしくなく動揺した。
「……どっか悪いとかじゃなくて……」
チチは赤い顔をさらに真っ赤にして、言葉も歯切れが悪い。
「じゃあ何なんだよっ!?」
明らかに動揺しているいつも冷静な夫に、チチはびっくりして顔を上げる。
「……すまねぇ……」
思わず声を荒げてしまった悟空はチチに詫びた。
そして少し冷静になった時、チチの近くに例の存在を感じた。
……この家じゃなくてチチの傍にいるんか?
―ドクン―
心臓が何故だか大きく鳴る。
―チチ!?
チチの身にとてつもない事が起きている。
悟空は直感的に感じた。
「悟空さ……実はな……」
チチは伏し目がちになり、口を開いた。
悟空は息を飲み、チチの言葉を待つ。
「……ここに、いるだよ……悟空さの赤ちゃん……」
そう言って自分の腹を撫でた。
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