novel

□証
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 乳飲み子のトランクスを胸に抱き、ブルマは小さなカプセルハウスの前に立った。


「こんにちは。チチさん、悟飯君」

 ノックをしてしばらくすると、パタパタと足音が聞こえてきた。

「ブルマさん、いらっしゃい!! さあどうぞ」

 悟飯が扉を開いて、ブルマを家の中に促した。

「悟飯君、ご無沙汰しちゃってごめんなさい。元気だった?」

「ええ、元気でしたよ。ブルマさんこそ忙しいのに、わざわざすみません」

 まだ子供なのに父親と違ってしっかりとした口調で話す悟飯に、母親のチチの躾の良さに頭が下がる思いだ。

「いいのよ。私も久しぶりに悟飯君とチチさんに会いたかったから」

 悟飯の頭を撫でてやった。

 悟飯はくすぐったそうな、照れたようなしぐさをした。
 
「チチさんは?」

 ブルマは悟飯に聞いた。

「少し体調が良くなくて……でもすぐに来ますから」

「え? チチさん、どこか悪いの?」

 ブルマは顔色を変え、掛けていた椅子から立ち上がる。その勢いに抱いていたトランクスが驚き、泣き出した。

「あ、ごめんねトランクス!!」

 ブルマがトランクスをあやしていると悟飯は手を差し出してきた。

「僕に抱かせて下さい……慣れておきたいんで……」

 そう言った悟飯の顔は少し赤らめている。

「……え? いいけど……」

 ブルマは少し不思議に思いながらも悟飯にトランクスを預けた。


 トランクスはまだ少しぐずってはいたが、悟飯の抱き方が良かったのか、すぐに機嫌が良くなった。

「ブルマさ」

 そんな時、チチが奥の部屋から出てきた。

 その顔は少し蒼白かった。

「チチさんっ、体調が良くないってどうしたの!?」

 ブルマはチチの元に駆け寄る。

「別にどこが悪いってわけじゃないだよ」

 チチはそう言って微笑んだ。

 そうしてお茶の用意をしているチチを尻目にトランクスをあやす悟飯を見る。

 その視線に気付いた悟飯ははにかんだような笑顔になって顔を赤らめた。

 悟飯は確かに悟空に似ているが、こういう態度は悟空には見られなかった。
 

 チチはお茶をブルマに差出し、ブルマの向かいの席に座った。

「ブルマさ、わざわざすまなかっただ。こんな所まで」

「いいのよ。私も近々来るつもりだったのよ。それよりどうしたの?」

 チチの体調も気になり、ブルマは話を急かす。

 チチは真っ直ぐにブルマを見据え、口を開いた。


「……実は……おら、赤ちゃんが出来ただ……」
「え?」


 そして家族で写った写真に目を移す。

 そこには悟飯を抱いた悟空の姿。

 ブルマはその視線を追った。

(孫君っ!!)

「……本当なの……? 孫君の……」

「んだ」

 チチのその顔に悟空が死んだ直後の翳りを見出せない。

 悟飯もトランクスを抱きながら嬉しそうな顔でブルマを見ていた。

「……孫君ったら……」

涙がこみ上げてきた。

 ちゃっかりしてるわね。心の中では悪態を吐きながらも、嬉しさに涙が止まらない。

「真っ先にブルマさに伝えたかっただ」

 そう微笑むチチは本当に幸せそうだった。

「ブルマさがいなかったら悟空さに出会えなかっただ。それにおらも立ち直れなかった……」

「チチさん……」

「……おら、昔はブルマさに嫉妬してただ。悟空さは本当はブルマさの事が好きなんじゃないかって……それにいつも不安だった……無理におらと一緒にいてくれるんじゃないかって……本当は妻として愛されてないんじゃないかって……」

 チチは俯き涙を一粒こぼした。

「それでも……悟空さはおらの所に帰ってきてくれた。死んでも、宇宙に行っても、ちゃんとおらの所に……」

 家族としてでもいい。一緒にいてくれるだけで……。それだけで……。

「だけど帰って来れないから、この子を置いていってくれたんだべ……」

 チチの目からは涙が止めどなく溢れる。

「悟空さがどんなつもりでこの子を遺していってくれたにしても、この子はおらと悟空さの子に違いあんめえ」

 その目には母親の決意と力強さが宿っていた。

「チチさん……その子は孫君があなたを愛した証なのよ……」

 ブルマはチチの手を取り言った。

「孫君が死ぬから子供を遺すなんて器用な事出来るわけないわ。ただあなたを愛した結果がその子なのよ」

「ブルマさ……」

 ブルマは涙をこぼしながら尚も続けた。

「孫君はあの通りの朴念仁だから態度に出にくいわ。あなたも彼に愛されてるか不安だったと思う。私だって今そうだもの……べジータに愛されてるかなんて自信ない。でも不思議な事に他人の事はちゃんと見えちゃうものなのね……でもね……」

 ブルマはチチの手を握る力を強めた。

「5年振りに再会して悟飯君を連れて来た時は本当に驚いたわ。あの朴念仁が子供まで作るなんて奇跡に近かったもの。でもね、その時思ったの。孫君は幸せなんだって。だってあの子、夢中になると他の事忘れちゃうでしょ?だから私達の事も忘れちゃうくらいあなた達との生活に夢中になってるんだって思ったの」

 悟飯も涙を流しながらトランクスを抱き締めた。


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 幸せだったあの頃。

 自分のまわりには父と母と祖父しかいなかったけれど、本当に幸せだった。

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