novel
□Moment not forgotten
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その時、胸の奥に何かが芽生えるのを感じた。
それは今までにない、
不思議な感覚。
絶対に忘れない。
その想いを―。
「……これが……オラの子か……?」
小さなベッドに寝かされている小さな小さなそれは、真っ赤な顔で、小さな手をギュッと握り、やたらと手足をバタつかせている。
「そうだべ」
ぐったりとベッドに横たわるチチの顔は達成感に満ちて、そしていつもより大人びて見えた。
「おお、婿殿にそっくりだべ。元気そうな男の子だべな」
牛魔王も涙を浮かべながらそれ眺めている。
「悟空さ、抱いてみてけれ」
「オラが?」
「んだ。だって悟空さはおっ父だべ?」
「……父ちゃん……」
悟空はその響きが何だかくすぐったく、そしてあたたかい何かを感じた。
「孫さんのお子さんですよ。そっと……優しくね」
看護師がそう言って悟空にそれを手渡した。
「……ちっせぇ……」
看護師に教えられたように赤ん坊を抱く。
「怖えよ。壊しちまいそうだ」
怖いもの知らずの悟空の言葉とは思えない。チチと牛魔王は顔を見合わせて笑った。
「あの婿殿が怖いなんて、この子は強くなるべ!!」
牛魔王は楽しそうに言った。
「おっちゃんっ、笑い事じゃねえぞ!!」
本当に怖いのだろう、悟空は困り果てた顔をした。
「こりゃすまねえだ。貴重なモンが見れたでな!!」
笑う牛魔王に悟空はチェッっと言いながらも、腕の中の我が子に意識を集中する。
人差し指を差し出してみれば小さな手はそれを掴む。
「……あ……」
思ったよりも強い力で悟空は少し驚いた。
そして赤ん坊の尻の辺りがもぞもぞと動くのがわかった。
「?」
「悟空さ、赤ちゃんをベッドに戻してちょっとおくるみをずらしてみてけれ」
チチは悟空が何かを訝しんでいる事に気付いた。
悟空が赤ん坊を看護師に渡すと、看護師は赤ん坊をベッドに戻し、おくるみを少しずらした。
すると、小さな尻尾がピョンと出てきた。
「尻尾!?」
「んだ」
チチは誇らしげな顔をしている。
「尻尾があるってわかった時は大騒ぎでしたわ。でも奥さんは『悟空さの子だからあるのは当たり前だ。おかしな事じゃない』って」
看護師はそう話した。
「悟空さをびっくりさせたかったから今まで黙ってて貰ったんだべ」
屈託無く言うチチ。
赤ん坊にはかつて自分にもあった、もう失くしてしまったものがある。―尻尾がある。
悟空は何だか胸が熱くなるのを感じた。
コイツはオラの子だ!!
さっきまで実感が無かった。チチが自分の子を産んだ事は間違いないのだけれど、目の前にいるこの赤ん坊が自分の子であると言う実感がいまいち無かった。
でも尻尾を見た瞬間、間違いなく自分の血を分けた自分の子だと、改めて実感できた。
「……オラの子だ……」
悟空は鼻の奥が何だかツーンと痛くなってきた気がした。そして、自分の視界が何となくぼやけてきた。
それを誤魔化すように、先程赤ん坊にしたみたいに人差し指を差し出す。
すると赤ん坊はやはり先程と同じように悟空の指を掴んだ。
その拍子に尻尾もピコピコと動いた。
「悟空さがおっ父ってわかるんだべな」
優しく微笑むチチ。
胸がいっぱいになる。今まで味わった事のないような、チチに対して感じた想いとはまた別の、熱い想いが湧いてきた。
「……ありがとな……チチ……」
オラの子を産んでくれて。オラの家族を増やしてくれて。
「おらは当たり前の事をしただけだべ。悟空さの子を産むのはおらしかできねえ事だもの」
誇らしげに、そして優しく微笑むチチが限りなく愛しく感じる。
悟空がチチに微笑みかけると赤ん坊は悟空の指を掴む力を強めた。
「オメエ、すげえ力だな!! さすがオラの子だ!!」
「んだ!! 悟空さの子だもの。力はハンパ無く強いだよ!!」
チチは胸を張って言った。
「オメエの子だから強えんかも知れねぞ?」
悟空はからかうように言う。
「そんな事ねえべ!!」
チチは思わず大声を出した。
すると、
「フギャーッ!!」
赤ん坊が泣き出した。
「ああっすまねえだ!!」
「おめえも母親になったんだから、落ち着かなきゃダメだべ?」
牛魔王が呆れ気味に言う。
「もうっおっ父たら。」
その場にいた全員が笑っていた。
悟空はこの幸せな瞬間を一生忘れないだろうと思った。
いや、死んでも忘れない。
この、自分の分身を得た瞬間を。
守るべきものが増えた瞬間を。
何があっても忘れないだろう。
どれだけ時が経っても、どんな場所にいても―。
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