novel

□家と涙
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 しばらく行くと、悟空がかつて一人で住んでいた庵に着いた。

「7年見ねえうちに古くなったなあ!!」

 そう言って庵の扉を開ける。

「あれ?」

 中は思ったより綺麗だった。

「埃一つねえじゃねえか」

 今でも祖父が住んでいるのではないかと思うほど、家の中は掃除が行き届いている。

「お母さんだよ」
「チチ?」
「うん。お母さん、何日かに一回はお掃除しに来てるよ。お家も住む人がいなくなったら寂しがるから会いに来てるんだって」

 悟天は寝台に腰掛けて言った。

「それでね、雨の日にはお家も寂しいって泣いちゃうんだって。住む人がいなくなっちゃったらお家が寂しがるんだって。だから寂しがらないようにお家に会いに来るし、泣かないように屋根も手入れしなきゃいけないんだって言ってたよ」
「……チチが……?」

 自分が最後にここへ来た時は雨漏りが酷かった。次にここへ来た時には直さねばと思っていたのだが、その雨漏りも綺麗に直してあった。

 チチが直したのか?

 そういえば自分が死ぬ前も、チチはここへ来て掃除していたようだった。

 いつ来ても、ここは綺麗だった。

 その事に気付いた時、チチにその事を問うと、

『家も綺麗にしてやらねばな。今でもご主人様を待ってるんだべ』

 そう言って微笑んでいた。

 悟空はその当時、その言葉の意味がよくわからなかったが、今ではわかる気がした。


「うん。でもね、一緒に連れてきて貰えなかったんだよ」
「何でだ?」
「わかんない。でも、いつもここから帰ってきた時はちょっと目が赤いんだ。でもお母さんに聞いちゃいけない気がして…それを兄ちゃんに言ったら絶対ついて行っちゃダメだって言ったんだ」

 幼い悟天にも何か感じるものがあったのか。少し悲しげな顔をしていた。

「チチ……」

 きっとチチはここで泣いていた。死んだ自分を想って、彼女は子供達に心配させまいとここに隠れて、こっそりと涙を流していたに違いない。

 チチは自分と同じく主人を亡くしたこの家と一緒に泣いていたのか……。

 それを思うと胸が苦しくなる。自分はどこまでチチに対して酷い事をしてきたのだろうと。

「でも、もうこのお家も寂しくないね!! お父さん帰って来たんだもん!!」
「……そうだな……」
 
 悟空はチチが置いていったであろう、一輪挿しに挿された花を手に取り頷いた。

 

この家はもう泣かないだろう。

優しい自分の妻によって、この家は慰められた。

そして、妻も……もう泣かせる事は出来ない。いや、しない。

自分も、妻と共に、この家を慰め続けよう。

ずっと、妻と共に―。


 end



     
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