novel

□この世の果て
2ページ/4ページ


 結婚してもう60年以上になる。

 彼女ももう80を超えた老女で、あの、豊かな黒髪も白くなり、細身ながらも健康的な身体もやせ衰えた。
 それでも年齢よりも若く見えるのは、かつての、武道家としての鍛錬の賜物で、自分と結婚し、子供を産んでからでも、暇を見つけては鍛錬を重ねていたらしい。

 自分はそんな事も知らなかった。

 ただ強くなる為だけに修行に明け暮れ、死んだり、宇宙に行ったり、心臓病になったり、戦い、再び死に、生き返って修行の為に出て行ったりと、彼女を苦しめる事しかしていないのだ。

 だから、彼女の事で知っている事は子供達よりも少ないだろう。


 そんな彼女が今、自分を置いて旅立とうとしている。

 これは自分に対する彼女の復讐ではないかと思った。

 自分が一番苦しむ事を、彼女は今しようとしている。


 今まで置いて行く事は何度もした。でも、置いて行かれる事は、ただ一度、育ての祖父が死んだ時だけだった。
 その時の事は、今でも思い出すと身震いがする。

 なのに、この、自分が心から愛したたった一人の人物は、自分を置いてこの世から去ろうとしている。


「……置いて行かねえでくれ……」

 声に出して何度も何度も頼むのに、彼女はただ悲しそうに微笑むばかり。

 こんな時でも、自分は彼女を困らせる事しかできない。

 
 自分は彼女なしでは生きられない。

 彼女は自分なしでも生きて来られた。

 働かないと文句を言いながらも、それでも自分のしたいようにさせてくれた彼女。

 自分が死んだ後でも、二人の子供を一人で育てた彼女。

 でも自分は彼女なしでは生きられない。


.
次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ