novel
□Sincerity
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あの日貰った真心を、
僕も真心で返したい。
悟飯はボーっとする頭を片手で押さえながらリビングへ顔を出した。
「……おはようございます」
「オッス、悟飯」
「おはよう、兄ちゃん」
もうすでに起床していた悟空と悟天が悟飯に返す。
「なんだオメエ、顔色冴えねえなぁ?」
悟空が悟飯の顔を見るなりそう言うと、その言葉を聞きつけたチチがキッチンから出てきた。
「おはよう、悟飯。あれ、おめえ顔色悪いだな?」
「おはようございます……ってお母さん?」
チチは悟飯の額に自らの額を押し付けると、「いいっ!?」と言う父の呻く声が聞こえた。
生き返ってから途端ヤキモチ焼きになってしまった悟空は我が子とは言えどチチとそんな風に接近するのは許せないが、やはり我が子だということでグッと抑えた。
そんな父の考えている事がわかってしまった悟飯は、しまったなぁという顔をしたが、意外にも悟空が大人しくしているので、少し拍子抜けした。
「あんれ、おめえ熱あるでねえか?」
「え?」
そう言えば起き抜けに頭がボーっとして顔も熱いなとは思ったが、まさか熱が出ていたとは思わなかった。
「おめえ、今日学校休んだ方がいいんじゃねえべか?」
「い、いえ、行きますっ!!」
こんなに熱が出ているのに休むとは言わない悟飯に、家族は少し驚く。
「だっておめえ、こんなに熱が出てるっていうのに……」
「いえっ今日は行かないとっ!!」
いつもは聞き分けのいい悟飯がこんなにも拒むのは何かあるからなのか。
「……わかっただ。その代わり自分で飛んでいくのは駄目だ。悟空さ、筋斗雲で連れて行ってくれるだか?」
「そりゃいいけど……瞬間移動じゃダメなんか?」
「瞬間移動は他の人に見られるとマズイべ? それに、オメエの知ってる人だってビーデルさしかいねえべ? そのビーデルさも人の多い学校にいちゃ大騒ぎになって大変だべ」
そうチチに言われ、悟空は得心したように首肯した。
「それから悟飯。用事が済んだらすぐに帰ってくるだよ。おめえの熱、結構高いんだから」
「え? あ……はい……」
悟飯の顔色が熱のせいではなく、違う意味で少し赤らんだように思えた。
そんな二人のやり取りに何だか置いてけぼりを食らったような悟空は少し面白くない。
「何があるんだよ? 何でそんなに拘るんだ?」
少し不貞腐れ気味で二人に問いかけるが、
「後で悟飯に聞くといいだよ」
とチチは苦笑しつつ言った。
「それから悟空さ、悟飯の用が済むまで待っててやってけれ。それから瞬間移動で戻ってくればいいから」
「お、おう」
悟飯の顔を見れば、少しバツの悪そうな、それでいて照れたような顔をしている。
今日は一体何があるんだろうか?
悟空は少し怪訝に思いながらもチチの言う通りにした。
悟空は悟飯を乗せ、サタンシティへと筋斗雲を飛ばした。
「なあ悟飯。今日は何があるんだ?」
悟飯の方を振り返り、悟空は言った。
「……今日はホワイトデーですよ」
「ほわいとでー? 何だそれ?」
悟空はキョトンとしてその疑問を口にする。
「やっぱりお父さん知らなかったんだ……バレンタインにチョコ貰ったでしょ?」
苦笑しながら悟飯は悟空に言った。
「おう。母さんに貰ったな」
「そのお返しをする日なんです」
「お返し?」
オウム返しのように悟飯の言葉を繰り返す。
「バレンタインのお返しをする日がホワイトデー。キャンディーとかマシュマロとか、まあ心がこもっていればなんでもいいと思うんですけど……」
「へえ〜」
「……てことはお父さん、お母さんにホワイトデーのお返ししたことないってことですよね?」
「今日初めて知ったかんな」
あちゃ〜と悟飯は頭を抱えた。ボーっとする頭が余計ボーっとするようだ。
確かに母は礼儀にはうるさいが、自分からお返しを強要するようなことはしない。どちらかと言えば、自分は礼の言葉さえ貰えればいいのだと思っている。
その代わり、他人に対してのお返しはちゃんとするように躾けられてきた。
父もそんな母以外からバレンタインのチョコレートを貰ったことがないようだったから、ホワイトデーの存在は知らなくても仕方がないのかも知れない。
「じゃあしねえとな、お返し」
悟空は得心したように言った。
「てコトはオメエ、ビーデルにお返ししなきゃなんねえから学校行くって聞かなかったんだな!!」
「えっ!?」
悟空はチチと悟飯のやり取りの意味がわかって嬉しそうに言った。
後ろを見れば真っ赤な顔の悟飯。
「オメエ、顔真っ赤だぞ? ヤべエんじゃねえか?」
「だ、大丈夫ですっ!! お、お父さんはお母さんに何をお返しするんですかっ!?」
意外と鋭い悟空に、悟飯は慌てて話を逸らす。
(ホント、お父さんて侮れないよな……)
そう思い父を見ると、う〜ん、と唸り、必死で何かを考えているようだった。
「母さんに何かやりたくてもよ、オラ金持ってねえし……」
「お母さんにはお金じゃなくても真心だと思いますよ?」
悟飯は悩める父にさり気なく助言する。
「昔だって今だってお母さんに贈り物する時は花だったり果物だったり、お父さんが修行中に見つけたものが多かったでしょ? そういうものの方がお母さん、喜びますよ」
そりゃお父さんが働いて稼いできたお金で買うものは嬉しいだろうけれど……。でもお父さんが生き返ってからは傍にいてくれる方がいいと思ってるのだろう。昔のように口酸っぱく、働けと言わなくなった。
まあ今更……と思っている部分も少なからずあるのだろう。
「……そっか。じゃあうちに帰ったら探しに行くとするか」
「そうですね」
悟飯は悟空の背中で微笑んだ。
「で、オメエはビーデルって娘に何をやるんだ? バレンタインにチョコ貰ったんだろ?」
あれはバレンタイン当日。悟飯がビーデルに貰ったバレンタインのチョコレートをうっかり溶かしてしまい、少し大騒ぎになった事は悟空の記憶にも新しい。
「あ、あのその……」
悟飯は熱で赤くなった顔を更に赤らめてたじろいだ。
そんな悟飯の様子に悟空は微笑む。
「まいっか。オラはさ、オメエにそんな相手が出来たことが嬉しいんだ」
「え……?」
「オラ、じっちゃんしか家族がいなくてさ、そのじっちゃんもオラのせいで死んだ」
悟空は正面を向いたまま言った。
「オメエは生まれた時からオラやチチや牛魔王のおっちゃんっちゅー家族がいたし、オラが死んでからはチチや悟天を守んなきゃなんなかった。でもよ……」
悟空は一呼吸おいて言った。
「男ってのはさ、やっぱり血の繋がった家族とは別の、守んなきゃなんねえ大事な存在っちゅーのがいるとさ、もっと強くなんなきゃって思うモンなんだ」
「お父さん……」
「オラ、チチと結婚してオメエや悟天っちゅー子供にも恵まれた。それも全部チチがいたからだ。チチがいなきゃ、今のオラはいねえ。チチを守るためにももっともっと強くなんなきゃって、そう思ったんだ」
そして、優しい目で悟飯に振り返り、
「オメエにとってビーデルはそういう相手なんだろ? そう思える相手がいるっちゅーことは、オメエももう一人前の男だ」
そう言って悟飯の頭をクシャクシャっと撫でた。
「……はい」
父の言葉はどうしてこうも重いのだろう?
何気なく言っていることでも、この父が言うから重いのかも知れない。
いつも飄々としていてどこか掴み所がないけれど、存外照れ屋なそんな父が、息子の自分に時々垣間見せる、一人の女を真摯に愛する男の顔。
そんな父の言葉に釣られるように、悟飯は自分の思いを初めて口に出した。
「……僕は、彼女が好きです」
「そっか」
そんな息子の姿に、悟空は正面を向いたまま、嬉しそうに微笑んだ。
vol.2に続く