novel

□愛しいあなたへ―Jealousy is a little spice. ―
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 最近チチの様子がおかしい。

 家の用事を済ませるといそいそと出掛けているようだ。

 ちゃんと夕方には戻って来てはいるのだが、自分に隠れて何かをしているようだ、と、悟空は気付いてはいたのだが、どうにも聞く事が出来ない。

 怖いもの知らずの悟空も、チチの事となると二の足を踏んでしまうのだ。

 一度後をつけて行こうかと思ったのだが、何せチチが出て行くのは午後からだ。午前中は修行をしようと出て行くと、そのまま夢中になって夕方になってしまっているものだから、今まで決行した(出来た)事は一度も無いのだ。

 でも今日こそはと、悟空は心に決めた。

 午後2時頃、チチは身支度を整え家を出た。

 チチは牛魔王に貰った中古のエアカーを駆り、町の方向へ向かう。悟空も筋斗雲を呼び、チチの後を追った。

 そして、ある家の前でエアカーを降りた。

 悟空はその家の前の通りの向こうへ降り、こっそりとチチの様子を窺った。

 チチは呼び鈴を鳴らすとしばらくして中から男が出てきた。

「いらっしゃい」

 背の高い、年の頃は自分達よりも5,6歳年長の男。悟空の目から見てもなかなかの好青年だった。

「待ってたよ。さあどうぞ」
 男はさり気なくチチの背中に手を置き、中へと促した。

「……何だよアイツ……」 

 その光景を呆然と見ていた悟空は、自分の胸に今まで感じた事の無い、無性にどす黒い感情が生まれたのを感じた。

 今までこんな感情は知らなかった。これが何なのかもわからない。

 だけどこんな感情、味わいたくない。悟空は逃げるようにその場を立ち去った。

「……悟空さ?帰ってるのけ?」

 帰宅するなり、出ていく時と家の様子が違う事に気付いたチチは、悟空がすでに帰宅している事を察知し、声をかけた。

「……悟空さ……?」

 リビングに入ると悟空はソファに座ったまま、微動だにしなかった。

「どうしたんだべ悟空さ…。具合でも悪いだか?」
「……」

 チチは優しく声をかけるが、悟空は何も言わなかった。

 いつもとは違う夫に戸惑うチチ。

「…悟空さ…何か言ってくれねえと、おら何もわかんねえだよ……」

 その瞬間、悟空の身体がビクッと動いた。

「なあ、悟空さ……」
「オメエ、今日どこ行ってた……?」

 間髪入れずに言う悟空。

 その声の低さに、チチは身体がビクッとなった。

「ど、どこって、町さ買い物に……」
「嘘吐くなっ!!」

 叫ぶと同時に振り向く悟空の顔は今まで見た事がないくらい憎悪に満ちていた。

「ご、悟空さ……?」

「オメエ、オラが何にも知らねえと思ってんのか?」

 チチは低く唸るような声で言う悟空に恐怖を覚えた。

「……あの男は何だ……」
「え?」

「昼間の男、オメエが行ったあの家から出てきた男、誰だって言ってんだっ!!」
「そ、それは……」

 知ってる!!

 チチは真っ青になった。

 悟空は普段修行にかまけて自分の事など気のもとめていないと思っていたから高をくくっていた。

 まさか、悟空が自分の後を付けていたなんて、思いもしなかった。

「言いたくねえんか……ならもういい。」

 悟空はそれだけ言うと、ソファから勢いよく立ち上がり、部屋を出て行った。

「待って!! 悟空さっ!!」

 悟空はチチが制するのも聞かず、どんどん歩いて行く。

 玄関の所まで来ると、チチは悟空の背中に抱き付いた。

「違うだよっあの人はっ!!」
「何が違うんだっ!!」

 普段自分が怒っても怒鳴っても泣いても、決して怒る事の無い悟空が激昂している。

 チチは悟空を怒らせてしまった事に後悔と恐怖の念でいっぱいだった。

 確かに自分は悟空に隠し事をしている。だけど、それは悟空が思っているような事ではないのに。

 本当は黙っておきたかった。でも、それが悟空をここまで怒らせたのなら黙っているわけにはいかない。

「あ、あの人は、おらが編み物を習ってる先生の旦那さんだべ!!」
「……え……?」

「……おら……悟空さにセーター編んであげたくて……でも編めねえから、町で会ったその人に教えて貰う事にしたんだべ……」

 ボソボソっと話すチチ。その合間にはグスッというすすり泣く声も聞こえる。

 途端、悟空の胸からすうっと先程から渦巻いていたどす黒い感情が引いていくのがわかった。

「……何で……そうならそうと言わねえんだ……」
「……だって……悟空さを驚かしたかったんだもん……」

 背中に抱きつきながら、真っ赤な顔で泣きながらボソッと呟くようにそう告げるチチが無性に愛しく感じた。

「……すまねえ……オラ……」

 悟空はさっきまでの感情が何たるか知らなかった。だけど、この感情はチチが原因でないと起こらない感情で、もう二度と感じたくないものだという事は理解できた。

「……ううん……おらが悪いんだべ…妻は旦那様に隠し事なんかしちゃなんねえんだ。いくら悟空さを喜ばせようと思ったからって、悟空さに隠し事をしたおらが悪いんだ……」
 そう言って悟空の腰に腕を回す。

 悟空はその腕を取り、チチの方に向き直ると、チチを優しく抱き締めた。

「……ごめんな……オラ、オメエとアイツを見た時、胸ん中がすっげえ気持ち悪くなって、ムカついて、何か掻きむしりたくなったんだ……」
「うん……」

 チチも悟空に力いっぱい抱きつく。

「……チチを取られるんじゃねえかって……不安になった……」
「うん……」

 少しずつ、その胸の内を吐露する悟空。
 チチはただ、その言葉を胸に刻むように聞いていた。

「……何なんだろうな……この気持ち……」

 正体不明のこの感情。

「……これはな、嫉妬っていうんだべ」
「しっと?」
「んだ。おらがあの人に取られるって思ったんだべ? おらがあの人の事好きだって思ったんだべ?そしたら、腹が立ったんだべ?」

 チチは悟空に確かめるように問うた。

「おう。これが“しっと”って言うんか……」
「んだ。絶対に味わいたくない感情だべ?」
「そうだな……オラも二度と嫌だ」

 そう言って悟空はチチの黒髪に顔を埋める。

 絶対に誰にもやらねえ。

 そう誓った新婚のある日。

 悟空はこの日、初めて嫉妬という感情を知った。



vol.2に続く
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