novel

□Real intention(the first desire -other story-)
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 寝室の天井を見上げ、悟空は大きく溜息を吐いた。

 最近チチの様子がおかしい。

 いつもの通り笑ってくれるのに、最近のチチの笑顔に翳りが見える。
 怒らせても、いつものようにコミュニケーションをとっているような喧嘩ではなく、何か鬼気迫ったものを感じる。
 本気で怒っている。そんな風に思った。

 しかし、一通り怒ったチチはいつもならそれでスッキリするのか、いともあっさりと許してくれるのに、最近のチチは少し違う。
 一通り怒るところまでは同じ。でもその後、すごく悲しげな顔をする。何かを思い出したように、ハッとして後悔の色を見せるのだ。
 そして何かに怯えている。そんな印象だった。

 あのチチが何かに怯えている。何に? 自分に?

 もしかしたら自分の中に渦巻く、この理解しがたい不思議な感情はチチにとってはとても恐ろしいもので、それを知られてしまったのではないか?
 だから、何となくだけど感じるこの微妙な距離感は、チチの自分に対する抵抗なのではないだろうか?

 悟空も悟空で、自分とチチとの間に生じている不穏な空気は感じ取っていた。
 しかしそれを口にすることは憚られた。
 それを口にしてしまうと、きっとチチは自分から離れて行ってしまう。そう思った。

 悟空にとってチチという存在は既にかけがえのない存在になっていたのに、それを理解することが出来なかった。理解する術を知らなかった。

 修行一徹の野生児は同時に不器用だった。
 何でも自分でやってきた。だけど、人に対する感情というものは祖父に対するもの以外はどれも同じ。
 仲間であるなら。いいヤツであるなら。悪いヤツではなかったら。全て好きに相当する。
 最初はチチもその中の一人だと思った。一緒に暮らすだけで他の仲間とは何ら変わらない。そう思っていたのに。

 だけど、二人で牛魔王を助ける為に出た冒険で、チチは明らかに他の仲間とは違うと感じた。
 自分の中では一番だと思っていた祖父の言葉にも耳を貸さなかった。牛魔王を助ける為なら、祖父に反抗することも出来た。

 それも全てチチの為だ。

 牛魔王が好きだから死なせたくない。それも正直な気持ちだった。

 でもそれ以上に、チチを悲しませたくなかった。チチが笑ってくれるならこの世がどうなっても自分の知ったことではない。八卦炉の猛火の中にも飛び込んでいけたのも、全部チチの為だ。

 あの時は自然と触れ合えたのに。手を繋ぐことも、肩を抱くことも。
 二人で筋斗雲に乗って、空を駆け、身を寄せ合って……。

 でも今は近付くことも出来ない。触れたらきっと、自分が自分ではなくなってしまうのではないか。そう思うのだった。

 だから夕食が済むと早々に寝室に篭もり、そして就寝する。自分がそこにいないこと。そうすることによってチチも安心するのだろうと。

 クタクタになるまで修行して、夜は早く眠ってしまえば、チチに対する妙な感情もその間は忘れていられる。
 チチも自分を怯えなくても済む。

 こんな思いをしても、悟空は不思議とここから離れることは考えなかった。考えられるはずもなかった。

 距離感はあっても、チチのいるこの家を出て行くなんてことは出来ない。チチがいるこの場所が自分のいるべき場所だと、漠然としてはいたが、悟空も感じていた。

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