novel

□open the door
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 悟空の兄という男がやってきてから、悟空たち家族の生活が大きく変わった。
 
 悟空は死に、生き返るまでの一年間、悟飯は母の元から離され、悟空のせいでやってくる侵略者を迎え撃つべく鍛えさせられた。

 悟空が後に聞いたところによると、一人荒野で生きてきたのだという。まだ4歳の、ほんの幼子が。

 その後、悟空がチチと結婚したあの時に戦ったピッコロに鍛えられた。
 
 あの非道なピッコロが、悟飯に対して情というものを持つようになったのは、悟空にとっても驚愕だった。

 悟飯がピッコロを変えた。大いなる優越と少しの嫉妬。
 悟空は親である自分との絆の他に、息子と彼の師匠との絆。嬉しい反面、嫉妬する気持ちもなくはなかった。
 でも、その状況を作ったのは悟空自身だ。それに決して悪いことではない。
 ピッコロが変わったのなら。悟飯の意識が変わったなら、それは喜ぶべきことなのだ。

 悟空はそれ以上に守ってやれなかった自分を嫌悪した。死んでしまった自分が悪いのだ。
 
 チチにも、何て謝罪すればいいのだろうと思った。息子を危険に晒したこと。息子から引き離す結果になってしまったこと。

 そして、死んでしまったこと―。

 いくら生き返るとは言え、チチには大きな心の傷を作ってしまったように思う。
 
 気の強いチチはそれを口には出さず、いつものよう悟空を叱り倒しているのだが、就寝中、時折うなされている。
 
 無意識だろう。本人もわかってはいないのだろう。でも、チチの心の傷はとても大きい。そのことを知ったのは宇宙から帰った後だったから、また始末が悪い。

 自分は生き返れるのだからと、ちょっと一年ほど会えないだけなのだと、チチもそのつもりでいてくれるだろうと悟空自身高をくくっていた。

 チチの無意識な心の傷を知ったとき、悟空はどこまでも無責任で能天気な自分を呪った。
 うなされるチチの身体を、いつもそっと抱き締めた。チチを起こさぬよう、そっと……。
 素肌から感じるチチの体温と動悸。
 寝ているのに、チチの鼓動はすごく早かった。
 その細い身体を包むようにして抱き締めるとチチの鼓動は落ち着いたものへと変わる。そしてその寝息も規則的なものになり、再び安らかな眠りへと落ちていく。

 本当はその大きな瞳の瞼を開けて、自分の姿を映して欲しかった。

 だけど、一日中忙しなく働いているチチにとって睡眠というものはとても大事だ。その上悟空の我が侭まで聞いているのだから、これ以上チチの睡眠の邪魔など出来るはずもなかった。

 だからチチの身体を抱いて、悟空も眠りに就く。

 こうしてチチを抱くことは今は自然と出来るのに、悟空は新婚当初はそれすら出来なかった。
 触れると自分を解放してしまいそうで、そしてその結果、チチに嫌われるのではないかと怖かった。

 そして宇宙から帰ってきたとき、何気なくチチの身体を叩いただけなのに、吹っ飛ばしてしまい、大怪我をさせた。
 悟空の力はこんなにも強く、妻に怪我をさせるものになっていた。
 そのとき、悟空はチチに触れることが再び怖くなった。

 また怪我をさせたらどうしよう……きっと悟空をよく知る、チチ以外の人物が聞いたら驚くだろうということを深刻に考えた。

 それもあったが宇宙へ行ったまま帰って来なかったのだ。しかも、悟空が帰らないと言ったその日、悟空の師匠である武天老師が『嫁が怖いから帰って来ないんだ』と、冗談交じりに言ったその一言が、チチを深く傷付けた。
 それはきっと、師匠が言わなくてもチチが心のどこかで思っていたことなのだろう。悟空が帰らないと言った時点で、チチはそれを思ったはずだ。結果他人の口から聞いてしまっただけで、チチはそう感じていたのだ。

 そんなこと、決してないのに。

 どんなにチチに叱られ怒鳴られ、無視され、寝室から追い出されても、チチのことを嫌いになるはずなどあるわけがないのに。
 自分をここまで導いてくれたのは他でもないチチなのに。
 一人の男になれたのも、夫になれたのも、父親になれたのも、全部チチのお陰なのに。
 一人では成しえなかったことを、一緒に成し遂げさせてくれたのはチチなのに。

 ……例え、万に一つ、チチが悟空を嫌いになったとしても、悟空はチチを嫌いになることなんて決してない。

 どうすればこの想いがチチに届くのだろう?

 新婚の頃は悟空は自分の気持ちを言葉にすることが出来なかった。

 ただでさえ口下手な上口数の少ない悟空は、チチに対する自分の想いがどういうものなのか理解すら出来ていなかった。だから口にするなど到底出来るはずもなく、ただただチチを不安にさせてきただけだった。

 今の悟空はチチに対する気持ちがなんなのかよくわかっている。わかってはいるのだが、それを口に出来ない。新婚の頃とは違って、理解出来ているから、羞恥でそれを口に出来ないのだ。そして今もチチを不安にさせている。

 きっとチチはもう諦めているのかも知れない。自分が大事なことは強くなることと戦うことだけだと。家族だから一緒にいるのだと。

 そんなことはないのに、口下手だからわかって貰えない。

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