novel
□open the door
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昔、悟空は牛魔王に言われた。
『言葉にしないと伝わらない』と。
まだ自分の気持ちが何なのかよくわからなかった頃、悟空はチチに出て行かれことがある。
悟空は自分の中の何かを解放してしまいそうで、正直自分の精神をこんなにも乱れさせるチチが怖かった。
気持ちのすれ違いからチチを傷付け、泣かせた。
そして悟空は自分の思っていることを吐露した。その想いは結果愛の告白というものだったのかも知れないが、当時の悟空にはそんな気もなく、ただ思っていることをチチに告げなくては、という気持ちが大きかった。
だけど牛魔王に言われた一言が胸に刺さる。
悟空はまだ言わねばならないことを何一つ言っていないのだ。
チチに対する気持ちというものを。どれだけ愛し、どれだけ大事に思っているかということを。
それを、この闘いまでの間に言おうとしている自分がいる。
だけどそれを言ってしまうと、余計にチチを不安にさせるかも知れない。今でも不安に思っているだろうに、今それを言ってしまうと遺言のようになってしまう。
だから、その言葉を言うことを躊躇している悟空もいるのだ。
「お父さん? 寝ちゃったの?」
横たわりながら目を閉じ、色々考え込んでいると、ふいに悟飯が声をかけてきた。
「ん? 起きてっぞ?」
そう言って身体を起こすと、悟飯は「お腹空いたから帰ろう」と言ってきた。
そう言えば太陽が随分と上っている。そろそろ昼食だ。
「そうだなぁ、そういや腹減ったな」
言われるまで気付かなかったくせに、気付いた途端に腹が鳴る。随分現金な腹だなと、心の中で苦笑する。
「おかえり」
玄関を開けるとチチが既に昼食の準備が整えて待っていた。
「たでえま」
「ただいまお母さん」
いつもこの扉を開けるとチチの声がする。
時には罵声だったりするけど、それでも最後には必ず「おかえり」と言ってくれる。
悟空は扉を開けるその瞬間が好きだった。
ビクビクしながら開けることもあるけど、それでもこの扉を開けるとそこには温かな我が家の空気と匂いと家族の声がある。
今日もいつものようにいつもの声が降ってきた。悟空はほんの少し、安心できた。
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