novel
□Man&Woman
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ある日、ピッコロが悟飯を抱いて帰ってきた。
しかし悟空の姿はない。
「悟空さは?」
チチは恐る恐るピッコロに訊ねた。
「帰る途中で見つけた猪を捕まえるから先に悟飯を連れて帰ってくれと言われた」
「そうだか」
修行で疲れてしまったのだろう。悟飯はピッコロの腕の中でスヤスヤと眠っていた。
「すまねえけんど、そこのソファーに悟飯寝かせてくれるだか?」
「ああ、わかった」
ピッコロは短く返事をすると、悟飯をソファーに寝かせる。
チチはその様子をこっそりと窺う。
ピッコロの悟飯に対する態度は父親のそれのようだった。
大事そうに悟飯を抱え、そっとソファーに寝かせる。
そしてその寝顔を少し口角を上げながら見つめているのだ。
(ホント、父親みてえだな)
そう思えるほどだった。
ピッコロが悟飯の師匠であるということは聞いていた。
悟飯が初めてチチに反抗した理由もピッコロ絡みで、あのときは悟飯の反抗とピッコロを助けるという理由であったことに大いにショックを受けた。
その後暫く落ち込んでいたが、入院中の悟空のわがままにそれどころではなくなってしまったのだったが……。
今思えば自分が落ち込まないようにとの悟空の配慮だったのかも知れないとチチは思った。
しかし今の悟空の態度を見れば、そんな殊勝な神経の持ち主とは思えない。やっぱりただのわがままだったかと溜息が洩れる。
子供の悟飯よりもわがままで自分勝手な悟空。元より悟飯が子供のくせに気を遣いすぎるところがあるのだけど。
そんな悟空に対してピッコロも時折大きな溜息を吐いた。
チチはそんなピッコロを見て、やはり自分の知っているピッコロではないな、と思うようになっていた。
「なあ、パオズ山の湧き水汲んできたからこっちで飲まねえだか?」
「あ、ああ」
突然チチはピッコロにテーブルつくように促した。ピッコロは戸惑いながらも首肯する。
ピッコロもチチが自分を恐れ嫌っていることは知っている。あの天下一武道会で悟空の肩を貫いた現場にいたのだし、何より目に入れても痛くないほどの我が子を拉致したようなものだったのだから。
それにこの女に叱られる度に亀のように首を竦める悟空の姿を幾度となく見ている。
超サイヤ人にも弱点はあったのかと思ってしまうほどだった。
しかし力の差は歴然なのに、どうして悟空はこの女に勝てないのか。それを悟空に聞いたこともある。
すると悟空は、
『チチには一生かかってもぜってえに勝てねえんだ。ま、勝つつもりもねえし、負けても全然悔しくねえんだ』
そう苦笑しながら、それでいて嬉しそうに言った。
それが何故だかわからない。どうして負けても悔しくないのか?
ふとその疑問を悟飯の前で漏らしたとき、悟飯は『お母さんだからですよ』と言った。
全くもって意味がわからない。眉根を寄せて考え込むピッコロに悟飯は苦笑した。
「それでな、悟空さの様子はどうだべ?」
椅子に座るなりコップに水を汲んで差し出してきたチチに問いかけられる。
「悟空の様子とは?」
「心臓病だべ。そんな様子見せたことねえだか?」
チチは神妙な顔つきで言った。
「ああ、そのことか。大丈夫だ。今はそんな様子は見せていない」
ピッコロは合点がいき、答えた。
「……そうだか……」
心底ホッとした顔を見せたチチは、いつも悟空を怒鳴りつけているチチとは違って見えた。
いつもいつも、本当は嫌いなんじゃないだろうか?と思えるほど怒鳴りつけているくせに本当は心底心配している。夫婦というものは何て不思議なんだとピッコロは思った。
「……でな、おら思うんだけんど、おめえ、前と何か違くねえか?」
「……わかるのか?」
「おめえだって知ってるだろ?おらだって天下一武道会の本戦に出場するほどの武道家だべ?」
「そうだったな……」
どうにも悟飯の厳しい母というイメージが先行しているせいか、その事実を忘れていた。
悟空とチチが結婚したあの天下一武道会にはピッコロもいた。
悟空を偵察するために二人の戦いも見ていた。
悟空のことばかりが気になっていたが、そう言えば対戦相手だったこの女の動きも、その辺の武道家の男よりもずっと武道家らしかったように思う。
今も悟空を追い掛け回しているその様子は、実に動きに無駄がなく、随分身軽で鋭い。
きっと相手が悟空やその仲間ではなかったら、大の男であろうと一蹴できるだろう。
ただでさえ悟空の息子である悟飯であるが、この女の血も引いているのだ。
優れた力を持つのは当然と言えば当然なのかも知れない。
ピッコロはそんなことを思いながら、チチと話を続けた。
「実はナメック星の戦士と融合した」
「融合?」
ピッコロの言葉にチチは小首を傾げる。
「ナメック星人は他のナメック星人と融合できる。それはオレもナメック星で知ったのだが」
「あんれ〜便利だなや〜」
便利とかそんな言葉で片付けるとは……ピッコロは少し眉根を寄せたが、とりあえず話を進めた。
「しかし一度融合したら分離する事は出来ない」
「やっぱり不便なんだべか?」
「……」
今度は不便ときたか……。
「だからだべか?おめえが時々違う人間なんでねえかって思うだよ」
「……」
何となくではあるのだが、チチの脳裏にこびりついているピッコロの印象とは違うような気がしていた。
漠然としてだが、少し角が取れたような感じがするというか。
それが違う人間との融合が原因と言うが、本当にそれだけなのだろうか。
チチはそう思い、それを口にしてみた。
「でも、おめえが変わったのはそれだけでねえべな?」
「何?」
「悟飯ちゃんだべ。おめえ、悟飯ちゃんと接しているうちに、人間らしい心を取り戻したんだべな」
「貴様……」
ギロリとこちらを睨み付けているが少し緑の顔を赤らめているようにも見える。そうだからかあまり説得力がない。
なのでかねてから感じていたことを思い切って言うことが出来た。
「恥かしがることねえでねえか。いいことだと思うだよ。おら、今のおめえの方がずっとかマシだって思うべ」
「……」
呆気にとられているような、それでいて照れているような、何だかそんなピッコロが急に人間味を帯びて見えた。
(何だべ。案外と普通の人間なんだべか?)
この瞬間からか、チチにとってピッコロが恐怖の大王ではなくなった。
「おめえは悟飯ちゃんが大事なんだべ?それだけで十分変わっただよ。さすがおらの悟飯ちゃん!!」
嬉しそうにニッコリと微笑みながらそう言うチチはいつも眉間に皺を寄せているチチではなかった。
「……」
何だかばつが悪い。何と言うか見透かされているような気がした。
ピッコロはチチにはわからないように忌々しそうに舌打ちをした。
この女は苦手だ。悟空でなくても、この女の扱いは難しい。ピッコロはそう思い、水を一口含んだ。
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