novel

□Man&Woman
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「たでーまー!!」

 何とも居心地の悪い空気を打破するように悟空が玄関を開けた。

「おかえり」
「チチ、ほらデッケエ猪獲ってきたぞ」
「ホントにデッケエ猪だなや」

 玄関まで悟空を迎えに出たチチは表に置いてある猪に感嘆の声を上げた。

「てか悟空さ、また胴着破っただか」
「ヘヘッ、すまねえ」

 泥で汚れた悟空の顔をタオルで拭きながらチチが言うと、悟空はくすぐったそうな仕草をした。
 
 ピッコロはそんな様子をぼんやりと眺める。

 そう言えばこの二人が結婚した天下一武道会でも見られた光景だったように思う。
 悟空の汗をチチがハンカチで拭ってやっていた。
 そのときはまだぎこちない雰囲気があったのに、今は二人して自然な行為として受け入れている。

 性別のないナメック星人には夫婦とか恋人と言ったものの概念がよくわからない。
 動物でいうところの『つがい』であることはわかる。
 しかし、ここに愛やら恋やらが絡むといまいちよくわからなくなってくる。

 地球育ちであっても、今までそういうものとは縁がなかったのだから仕方がないと言えば仕方がないのかも知れない。

 今思えば、あの天下一武道会で悟空とチチが結婚しなければ悟飯と出会うことはなかった。
 ピッコロが悟飯という、かけがえのない弟子と出会えたのは悟空のみならずチチのお陰でもあるのだ。
 そう思うと、更に何とも言えない居心地の悪さを感じるのは気のせいだろうか。

「そうだピッコロ」

 ふいに悟空に声をかけられた。

「何だ?」
「今度さ、悟飯預かってくんねえか?」
「それはいいが……何だ?」
「ちったあチチの機嫌とんなきゃな」
 悟空はそう言って笑った。
「そういうことか。わかった。暫く預かろう」
「すまねえ。悟飯も喜ぶぞ」

 これも夫婦というものを続ける為に必要なことだということをピッコロはこの家族と共に生活するようになってから知った。

 たまには子供抜きでの時間を過ごすことで、この夫婦は更に仲が良くなっているように思う。
 まあ実のところ、仲良くなっているのはその後だけですぐにチチが元に戻るのだが、悟飯にしてもほんの少しでも母の機嫌が治るならそうすることはいいことだと思っているのだろう。嫌がりもせずに承諾する。

 最近ではピッコロに預かって貰えることが嬉しいらしく、どこかしら遠足やお泊り会のような感覚のようだ。

 それにしても男女の仲というものは理解し難い。
 ピッコロはこの夫婦を見る度に思う。
  
 ピッコロもこの家族と時間を共有することになって知ったことなのだが、悟空はチチに自分を委ねているようなところがある。
 まあチチがいなければまともな生活など出来ないであろうが、悟空に対して感じるのはそれだけではない。
 悟飯に対してはやはり父としての態度を見せてはいるがチチにはそうではない。
 チチが一喝すれば『すまねえ』と頭を下げて、これでも超サイヤ人なのか?と思うほど情けない姿になる。
 しかし時折チチに対し甘えにも似た態度を見せる。
 物事に頓着せず、いつも『まいっか』で済ませてどこか浮世離れをしたようなところのある悟空であっても、チチに対してはどこかしら『普通』の男であるようにも思える。
 ピッコロも『普通』の男がどういうものかよくわかっていない。まあそうだろうな、という漠然とした感覚でしかないのだが…。

 しかし情けない姿も甘える素振りも心底から気を許している、そういう風にも感じるのだった。

 これが同じ家族であっても親子と夫婦の違いなのだろうか。


 そう言えば未来から来たあのトランクスという少年はブルマとべジータの子だという。

 確かブルマはヤムチャと恋人同士だということだが、これは一体どういうことなのだろう?あのときはさほど深く考えなかったのだが、これも男女の不思議というものなのだろうか?

「どうした?ピッコロ」

 神妙な顔付きで考え込んでいるピッコロに悟空は声をかけた。

 見ればチチは既に台所に消えていた。

「……いや、あのトランクスとかいう少年がブルマとべジータの息子というのはどういうことなのだと……」
「それなあ!! オラもびっくりしたぞ。ブルマはてっきりヤムチャとケッコンすると思ってたからよ」

 悟空でさえそう思ったのか。

 性別のないナメック星人であるピッコロであっても男と女の間に子供が生まれることはわかっている。
 それは夫婦や恋人である『つがい』の間に出来るものだと思っていたがそうではないのだろうか。
 確か現在のブルマの恋人はヤムチャのはずなのにべジータとの子が生まれるとは。

「それにしてもブルマがあのベジータとはなあ……何が起こるかわかんねえなあ」
 悟空はしみじみ言った。 
「でもピッコロがそのことに興味を持つとは思わなかったぞ」
「別に興味とは違う。ただ相手がコロコロと変わるものなのかと思っただけだ」

 地球人は『つがい』が変わるものなのだろうか。
 相手は一生に一人ではないのだろうか。
 一応『つがい』を持つ悟空にその疑問をぶつけてみた。

「オラもそう思ったさ。他は知らねえけどさ。まあブルマとヤムチャがケッコンしなかったことを考えっと、他のヤツらにはそういうもんなんかも知んねえけど、オラには全然わかんねえな」
 悟空はそう言うと腕を組んで考えるような素振りを見せた。

「そうなのか?でも貴様は結婚してるではないか?」
「まあな。オラだってチチがあん時来てくんなきゃケッコンなんてしてねえし」
「そうなのか?」
「ああ。ケッコンもよくわかってなかったしさ。約束だったし、『まいっか』ってケッコンしちまったけど」
 悟空は頭を掻いてハハハと笑う。

 そう言えばこの夫婦が結婚したあの天下一武道会のときにもそんなことを言っていたような気がするが……。

「……貴様、殺されるぞ……」
 今あのチチが聞いたら激昂しそうだ。
「ハハッ、かもな。でも、あん時来てくれたんがチチでよかったって思ってんぞ。きっとチチじゃなかったらさ、オラとっくに出てってちまってるかもな」

 そう言う悟空の顔は何だか幸せそうに見えた。

「……しかし貴様は今でも口煩く怒鳴られているではないか。それなのによく耐えているな」
 あんなに怒鳴られているのだ。逃げたくならないのだろうか。
 すると悟空は複雑そうなピッコロに苦笑すると、視線をチチのいる台所の方へ視線を向けた。

「まあな。チチが怒るのは大体オラが悪いんだしな。ま、仕方がねえさ」
 悟空はそう言うとピッコロに向き直って笑った。
 そんな悟空にピッコロは更に眉根を寄せる。

 あれだけ言いたい放題言われているのに、それでも仕方がないと笑う。
 ピッコロにはそんな悟空の心境を理解することが出来ない。

 更に複雑な顔をしているピッコロを見て、悟空はピッコロが何を考えているのか何となくわかった。
 すると悟空は苦笑すると言った。

「オメエにはわかんねえかも知れんねえけど、チチには勝てねえさ。まあチチには勝てなくても全然構わねえんだけどよ」

 困ったように頭を掻いてはいるが、その目は限りなく優しい。そんな悟空の顔が何だか赤らんでいるように見えた。

「……よくわからん」

 以前にも同じようなことを言っていたが、あの悟空が勝てなくてもいいというのだ。何度聞いても本当によくわからない。

「ハハッ、オメエは性別のないナメック星人だから仕方がねえや。とにかく、トランクスのことは内緒だかんな。トランクスが生まれなかったら困るしさ」
「わかっている」
「じゃあ悟飯のこと頼んだぞ」

 悟空はそう言うとチチがいるであろう台所へ消えて行った。

 すると、パチンという、何かを叩く音が聞こえた。きっと悟空がつまみ食いをしてチチに咎められたのだろう。

 そのわりにはチチの気も刺々しいものではなく穏やかなものだった。悟空の気などどこかしらウキウキとしたものも感じる。

「……全くわからん」

 ピッコロは再度呟いた。

 悟空とチチのように生涯相手は一人であろう夫婦もいれば、相手が何度も変わる場合もある。
 人前でベタベタしているくせにすぐに別れるカップルもいれば、悟空とチチのように一見いつも喧嘩しているように見えても実は結構仲がいい夫婦もいる。
 ブルマとヤムチャのように長い年月恋人でいながら結局は結婚しなかったカップルもいれば、べジータとブルマという、誰も想像し得なかった組み合わせが誕生するというのだから。

 形は人それぞれで決まったものがない。
 男女というものは全く難しいものだと、ピッコロで胸中で呻いた。


 end
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