Sleeping Beauty(悟チチ)
「たでえま〜」
いつもより早くに修行を切り上げ帰宅した悟空は、相変わらず間延びした声で玄関を開けるなり言った。
しかしその声はシーンとした我が家に飲み込まれただけで、返事は一切ない。
「あり?チチのヤツいねえのか?」
いつもならばすぐにチチの声が聞こえる。
それは『おかえり』と言った後に『またこんなに汚して』とか、何日も帰るのを忘れたときなどは罵声であったりとか、叱られることも若干……ではなく多々あるのだが。
その声が聞こえないくらいで違和感を感じる。
何だか寂しい。
チチの声がしないことに心細さを感じた。
結婚してまだそんなに経っていないのに、チチの怒鳴り声が聞こえないくらいで寂しく思うなんて。
悟空はそんな自分に何だか気恥ずかしいものを感じながら頬を掻く。
「どこ行っちまったのかな……」
キョロキョロと辺りを見回す。
気を読めば早い話なのだが、チチに不必要に気を読むなと言われているので、真っ直ぐな悟空はそれを律儀に守っている。
悟空は家の奥へと歩き進めると、リビングのソファーで目当ての人物を見つけた。
「何だ、こんなところにいたんか……って寝てら」
チチは洗濯籠を抱えたままソファーでスヤスヤと眠っている。
「……疲れてんのかな?」
毎日毎日朝早くから大飯食らいの悟空のために朝食を作り、掃除や洗濯や買い物などの家事を完璧にこなしている。
最近では悟空が修行ばかりで働かないので食費節約のために家庭菜園も始めたと言っていた。
そんなチチに悟空は何だか申し訳ない気持ちになった。
「……何か……わりかったなあ……」
一応反省はするのだが、だからと言って改まるのかと言えばそうではないのが悟空であって。
修行はやめらんねえし……チチのヤツ、またガミガミ怒るんだろうな……。
そんでもって、ずっと苦労させるんだろうな……。
ならばチチのために別れる方がいいのだろうけれど、結婚の約束以上に自分がチチと別れることなど出来ないことに悟空は既に気が付いていて。
悟空はチチが抱えている洗濯籠をそっと取り上げ、床に置いた。
そしてその寝顔を見つめる。
チチの寝顔はそんなに見たことがない。
いつも隣で寝ていても、チチが悟空が寝入ってから床に就くし、朝も悟空よりも早く起きる。
なので寝ているチチを見ることは貴重なのだ。
しっかりと閉じた瞼には長い睫毛。寝息が聞こえる口はほんの少し開いていて、その唇はぷっくりとして何も着けていないのにほんのりと赤くて。
美醜の概念がない悟空であってもチチは可愛いと思う。
それはチチが美少女だからという理由ではなく、チチだからなのだが。
眠っているチチの頬を突く。
するとむにゃむにゃと、まるで子供のようなチチに思わず笑みがこぼれる。
そしてその頬に唇を寄せた。
『愛してるだよ』
『アイシテルって何だ?』
『こういうことだ』
結婚した天下一武道会のときにチチが悟空にした行為。
それを悟空もチチにしたいと思った。
起きているときには照れくさくて出来ないけれど、寝ている今なら出来そうな気がした。
頬に口付け、そっと離す。
しかし眠り姫はまだ起きそうにない。
悟空はチチの横に座り、チチを自分の肩にもたれかけさせた。
「オラも眠くなっちまったな……ちっと腹減ってっけど……まいっか」
一つ微笑むと、夢の中のチチに追いつくように眠りに落ちていった。
end