SSその2

□恋風
1ページ/4ページ

後悔は、起きてしまってから分かるものだ。
例えば、軍曹さんを好きにならなければ良かった・・・とか。

目の前で繰り広げられる「おじ様」「モア殿」を見ながら、忌々しく思った。
恋がこんなに辛いものだと知らなかった。

あの女がやってくるまでは恋は甘くてふわふわしてて、とても美味しいお菓子みたいだった。
なのに、今は苦くて苦しくて気持ち悪い。こんなの・・・知りたくなかった。

生まれてこの方、僕が落とせなかった者はいなかった。

その気になれば、否、その気にならなくても大体の相手は意のままに動かすことが出来た。

経験からくる絶対的な自信に裏打ちされた心の余裕は益々相手を転がすのに有利だった。
なのにどうだろう。

軍曹さんの前に出ると、余裕が無くなってしまう。

焦りや不安、悲しみに振り回されてしまう。自分が、自分で律することが出来なくなってしまう。
前はクールに一歩引いて、相手を客観的に観察して相手の喜ぶ言葉や仕草で軽くいなしてきたのに、それが出来なくなった。

好きで、どうしようもなく好きで、なりふり構わず好きで。

それで押して押して押し捲ってしまう。
恋愛は駆け引きだ。
それは頭で分かっている。

なのに、自分の気持ちに翻弄されて、結果、僕はいまだに軍曹さんと恋人になることなど・・・出来なかった。
もしかしたら、こちらが本来の自分だったのかもしれない。

さらに、モアが来てからというものの・・・この不安定な自分に更に拍車がかかった。

際限なく仏のように、軍曹さんのしでかした事を許す女。
なにがあってもいつも笑顔を絶やさない女。
純真無垢で軍曹さんを心から慕っている女。

ああ、僕に無い余裕を持っている。
僕にはどう足掻いても真似出来ない。

そう思うと、無性に蹴散らしたくなった。傷つけたくなった。
比べれば比べるほど、自分という存在がものすごく醜く感じた。

ひどく惨めでちっぽけで心の狭い卑しい奴なんだと自覚させられた。

悔しい・・・。
なんで、なんで?

他人を蹴落としてでも軍曹さんを手に入れたいって思って何が悪いんですぅ?

どんな手を使ってでも独り占めしたいって思ってそれのどこが罪なんですぅ?

それなのにあの女はそういう卑怯な手を使おうという発想がない。

そんな事ばかり考えてしまう自分に反吐が出そうになるのは、お前のせいですぅ!
お前が・・・お前がいるからぁ・・・軍曹さんまで憎くなる。

好き。
その気持ちは真なのに、あの女と一緒の軍曹さんをみると苦いものが込み上げてきてそれが憎しみに変わってゆく。

軍曹さんの隣・・・その場所に僕がいた筈なのにという妬みや嫉みが心の中で吹き荒れ、やがて荒れ狂う大きな渦になり僕を苛(さいな)めた。

その矛先は愛しい人であるあなたに向けられてゆく。
どうして軍曹さんはいつも僕を傷つけるですぅ・・・そう思うと首を締め上げたくなる程だった。

けれどそれは果たされなくて。

毎日、地獄の烈火に焼かれるような激しい劣情に身を焦がしていた。

なぜ僕は僕を好きになってくれる人の中から、好きになることが出来ないのだろう。
その答えに行き着いてしまう。

いっそのこと、軍曹さん。あなたから憎まれ、蔑まれ、離れるしか出来なくなってしまえれば楽になるのかもしれない。
次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ