SSその2
□恋風
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「も〜、あの時は我輩もビックリしたであります。押入れからいきなり般若が出てきたでありますからな。モア殿はじゃじゃ馬でそれはそれは手を焼いたものであります。抱っこしたらいきなりお漏らししちゃうし」
遠目でも分かるアルバムを見ながら軍曹さんは
目尻を下げていた。
寄り添うようにあの女も隣でアルバムを覗き込んでいる。
「キャー!!恥ずかしいです、おじ様。
モアはもう大人になったんですよ…こんなに成長したのにいつまでも子供じゃありません。それに抱っこなら私がしてあげます」
そう言うとあの女はひょいっと軍曹さんを自分の膝の上に乗せた。軍曹さんは慌てる事無くリラックスしている。
「ハハッ、こりゃ一本とられましたな〜」
二人のやり取りに居心地が悪くなり、僕は部屋を出た。
とぼとぼと溜息をつきながら廊下を歩いているといきなり足元の床がなくなり僕の体は宙に投げ出された。
無防備にも落下してゆく感覚は心もとなく少し怖い。
どすんと派手な音を立て、僕はぺちゃんこになってしまうんだろうか。
なんて事を考えていたら意外にも地面は柔らかく二、三度、体が跳ねた。
アレ?ここは?
暗い部屋の中を見渡すと毒々しい電磁波を放つ巨大なスクリーンに根っこみたいなコード、耳障りな電子音がうなりをあげていた。
じっと目を凝らしていると部屋の隅っこでなにやら作業をしているクルル先輩の姿があった。
「なにボサっとしてんだ。こっちへ来い」
クルル先輩が普段は出さない大きな声で怒鳴ったので身がすくんだけれど、素直にクルル先輩の方に近づいていった。
「それって僕の事ですぅ?」
「他に誰がいるってんだよ」
少しぶっきらぼうにクルル先輩が言う。
機嫌でも悪いのだろうか。
僕は先輩にばれないように目頭の涙を拭った。
「ほれっ」
クルル先輩は僕のことなんかお構いなしにスパナを寄越した。
「ここんとこのボルトが緩んでしょうがなくってな。お前のバカ力で閉めてくれないか」
「了解ですぅ。でも何の装置なんですか、これ?」
その時になって漸くクルル先輩が僕の顔を見た。
その表情はいつもと違いふざけた様子はなかった。何故だか僕はドキっとした。
「記憶洗浄機」
クルル先輩は冷やりとした言葉を発するとまた作業に没頭しだした。
いつもならふざけたネーミングを付けるのに、どうして此れには付けないのか。
そう疑問に思っていると、見透かしたようにクルル先輩はつけたした。
「本当はこんなもの使わずにすめば一番いいんだ。…愛を感じねぇ。」
愛…クルル先輩から一番遠い言葉じゃないのか?と思うとおかしさが込み上げてきてバカみたいに僕は笑い出した。
腹筋が割れるほど一通り笑うと、静かに先輩は言った。
「ま、人には忘れたい事の一つや二つは人生につきもんなのさ。お前さんも使うか?」
笑いすぎて、涙が出た。